凌牙が五歳/ショタコン注意





「けん、けん、ぱ」

スーパーを出た凌牙は頑張った勲章ともいえる買い物袋を片手にとんとん、と軽やかにステップをしながら璃緒に内緒の寄り道をしようとしていた。

「けん、けん、ぱっ」

ぴょん、と跳ねる度に買い物袋の中身が誇らしげに揺れ、心なしか背負っている鮫のバックパックも嬉しそうに跳ねた。本当は、両手が塞がると危ないから買った物はバックパックに入れなさいと璃緒に言われたのだがお使いが一人でこなせた達成感を感じていたくて、小さな手には買い物袋を手にしたままなのだった。


街路樹の木陰の下を夢中で跳ねながら進んで行くと、良く璃緒に手を引かれて歩く場所と同じ街並みになりつつあり丸い目がきらきらと輝く。お目当ての場所まで、あと少し。

「……えっと……?」

ステップを止め、立ち止まりきょろきょろと辺りを確認する。ここで凌牙は小さく小首を傾げた。……目の前の横断歩道は渡るべきか渡らないべきか、うっかり忘れしてしまったのだ。もしかしたら、目の前の横断歩道ではなくて、直ぐ右側の横断歩道だったかもしれない。似たような二つの歩道の造りに、幼い彼はどうしたらいいのかとへにょりと眉を下げて、仕舞いには顔まで下を向いてしまう。
これでは、寄り道が出来ない……と両目に微かに涙の膜を張った時だ。

「あれ、凌牙?」

「どうしたんだ、こんな場所で。一人か?」

「!」

二つの聞き慣れた優しい声が鼓膜を震わせ、凌牙はばっと勢い良く後ろを振り返る。曇天が立ち込めていたような雰囲気はどこへやら、振り向いた凌牙の表情は喜色満面だ。

「かいと、はると!」

「やっぱり凌牙だ。凌牙ー!」

小さな歩幅でぱたぱたと駆け寄り凌牙はきゅう、と自分よりも少しだけ年上のハルトに、会えて嬉しいと抱きついた。
声をかけた兄と弟はそれに慣れているのか、抱き付かれた弟は凌牙凌牙ー!と沢山の花を飛ばすように凌牙を受け止め、兄の方は微笑ましそうに目を細めて小さい体躯の二人を無言でデジカメにおさめている。シャッターを切る手を止めず、兄であるカイトは凌牙の外出スタイルを見やりふと口を開いた。

「姉はどうした。迷子にでもなったのか」

一通り撮り蓄めてからデジカメをジャケットの内ポケットに仕舞い、漸くカイトは藍色の子供と目が合わさるように膝をつき、問い掛ける。

「りおは、まいごじゃないぞ?」

「……、そうだな。今のは訊き方が悪かった。凌牙が迷子なのかと訊きたいんだ」

ハルトにぎゅうぎゅうと抱き付きながら、凌牙はきょとりと目を瞬き、それからちょっぴり誇らしげに笑った。そんな表情にカイトは虚を突かれる。

「オレ、りおにたのまれて、ひとりでおつかいしたんだ。今は、ひみつのよりみちちゅう!」

カイトとハルトに分かるよう、買い物袋をかさりと掲げ、にっこりとわらう。
目の前の幼子の成長過程を見れた二人は、視線を交わしてから稍あってどちらともなく温かい声で偉い、と褒めて藍色の髪をぽんぽんと撫でた。

「ふふ、えへへ」

「それで凌牙はどこに寄り道するの?」

「カードショップ?」

「何故行こうとしているお前が首を傾げるんだ」

「んー……、みちが、わからなくなったから……」

だから横断歩道の前でキョロキョロしていたのかと、カイトは一人納得する。
ハルトは途端に元気の無くなった凌牙を一生懸命に慰めている。
何とも筆舌尽くし難い、愛らしい光景だ。

「にいさん、」

「ああ。分かっているさ、ハルト」

兄弟二人の視線が交わり、兄は即座に予定を組み替える。
風船が萎むように、ぺこんと下を向いてしまった凌牙へ、カイトがしゃがんだ体勢のまま普段よりずっと柔らかな声を出した。

「凌牙。俺たちもお前の寄り道に着いていっても構わないか?」

「ぼくたちもカードショップ行きたいんだ。だめ?」

「だ、だめじゃない!」

少しだけ慌てた表情になった凌牙が急いで首を左右に振る。小さな身体いっぱいに二人が居るのが嬉しいと表現されたような気がして、天城兄弟は特別愛しげな笑みを溢す。

「あっ、でもりおにはよりみちのこと、ひみつじゃなくちゃ……。かいとも、はるとも、しゃべっちゃだめ!」

「勿論。心得た」

「うん。秘密ね」

順番に凌牙と指切りをして、カイトとハルトは小さな子供の手を取る。
両手をお気に入りの人に繋いで貰えて、凌牙は花が綻ぶようにぱあっと笑った。

「兄さん、顔が緩んでるよ」

「ふふ、仕方ない」

「ん、かいとは、ごきげんなのか?」

「――ああ、ご機嫌だな」

小さな手を引きながら兄が一つ頷く。

「本当に。とても、機嫌がいいぞ」

「?」

カイトはハルトと同じくらいの子供体温の小さな手を少し引き上げると、桃色の爪先にひっそりと唇を押しあてた。

秘密の寄り道の目的地まで、もう少しだ。




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