鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす。
ふと、この間読んだ書籍の一文が頭を過る。随分昔の時代に発行されていた紙に印刷されていたのを電子書籍に置き換えたものだった。
それを読んだのは偶々だったが、内容よりもその一文の言葉だけがカイトには鮮明に記憶されていた。諺だが、三味線やらで唄われることもあるらしい。

意味をなぞりつつ、カイトはほう、と息を吐いた。納得半分、疑惑が半分といった割合の吐息。

確かに。確かに多くを語らない者は心の奥底で相手を思いやっているかもしれない。が、鳴く蝉も光る蛍もどちらも焦がれたものへ向ける真心に差異はないのではないだろうか。

愛したい相手には蝉も蛍も必死に自分自身を見てくれと切々と鳴いて、光る。それは人間だって似たようなものだ。愛したい相手を振り向かせようと、必死になる。声を聞きたいと名前を音に出して紡ぐ。彼の美しい藍色を視界に入れたいとつい目を光らせてしまう。
アプローチの箱を必繰り返せば、恋人を振り向かせる手段は人間の自分にはいくらでもあるのだと気付く。

「おい、」

「なんだ」

「それはこっちの台詞だ!……何だよ、急に、」

「大したことではないんだが、無性にお前を抱き締めたくて仕方がなくなっただけだ。気にするな」

「はあ?」

気にする、離せ、と藻掻く恋人の項を軽く噛めば妙に艶を孕んだ声を上げて彼は抵抗を止める。くつくつと喉でカイトが笑い、抱き締める腕の力を強めた。
顔に触れる藍色の髪から、ふわりと優しい香りが漂い思わず目を細める。

――ああ、こいつの前では黙する蛍も熱烈な蝉になってしまうな。

諺の意味を思い返し、ふと思う。心の裡で想いたいと口を閉ざそうとも、ついつい伝えたい言葉が溢れてしまう。

「凌牙、愛している」

「……は、突然、何言いやがる」

「くくっ。こういった言葉は声に出して言うものだ」

直球に投げた愛の言葉はカイトの恋人である凌牙には、些かストレート過ぎたようだ。不意の囁きに段々と彼の白い頬が赤みを帯びてゆく。最後の方には片手で顔を隠されてしまった。

「顔が見れないぞ」

「うぜぇ!……たく、見るな。ばか」

凌牙はぐりぐりと額をカイトの首元に押し付け、黙り込む。物静かそうな外面に反して、カイトは凌牙へ好意の言葉を放つ時だけは真っ向から言うのだ。

「……お前は鳴かぬ蛍になれそうだな」

「なんだそれ」

「いいや」

独り言に反応した凌牙の問い掛けに対してカイトは小さく首を振った。
胸の内側で多くの事を想っているだろう凌牙の強さは、カイトが彼を愛おしく思える点の一つだった。


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