凌牙が五歳/ショタコン注意





小走りになった所為か両の頬を真っ赤にしながら小さな歩幅で、近くのスーパーマーケットへと入店を果たした凌牙は買い物籠をやっとの思いで抜き取り明るい音楽の流れる店内を見渡す。

「よし、」

自動ドアの前でぴょんぴょんと跳ねてドアのセンサーを反応させると、籠を少しだけ引き摺りながらも目当てのものが陳列されている場所をそろそろと探し始めた。その足取りは楽しさが滲み出て、とても軽やかだ。

「こーちゃ、こーちゃ、赤い箱の、こーちゃ……」

ここでもない、こっちでもない。生鮮食品の場所の冷たい温度にふるりと震え、調味料品の棚でこれは何に使うのだろうかと首をひねってみたり。璃緒との買い物では菓子売場で待っている事が多い凌牙にとって、新鮮な光景についつい足は止まってしまう。
みそ、しお、さとう……ずらりと並ぶパッケージの平仮名だけをひとつひとつ読み上げながらちょこちょこと場所を移動していく。すれ違う大人の視線が温かいものにも気付かず、小さい身体を一生懸命に使い凌牙の初めてのお使いは進む。


「む、……おかしは、がまん!」

お菓子売場の誘惑を振り切り、飲料類が並ぶ場所まで来れば凌牙が捜し求めていたソレはあった。

「あっ、みつけたっ」

赤い箱に入った紅茶パックがちょこんと棚に並べられている。間違いない、璃緒が愛飲しているものだ、と目を輝かせ籠を持つ手にも力が入る。
だが、凌牙の前にはとても大きな難関が立ちふさがっていた。

「ぐ、んー!」

目的のものはすぐ目の前だというのに、必死で伸ばした小さな指先に赤い箱は触れもしない。難関、それは――高さが足りなかった事だ。
ぷるぷると、爪先立ちで腕を伸ばしても届かず、段々と凌牙の眼には涙が浮かんできた。男の子は泣いちゃだめ、と厳しくも慰めてくれる璃緒は此処にはいない。

「……、どう、しよう……」

唇を噛み締めて涙を耐えるが、目尻に溜まった粒は零れる寸前だ。持たされたDパッドで璃緒に連絡しようと考えたけれど、優しく送り出してくれた璃緒の顔がちらついて通信ボタンが押せない。
凌牙が聞きたいのは、心配そうな声ではなくて璃緒の幸せそうな声なのだ。

「もういっかい、……わ!?」

不安を振り払い、再度チャレンジしようと伸ばした先の赤い箱が、突然背後から人の手が伸びひょいと傾いたかと思えば陳列棚から抜き取られた。それと同時に凌牙を覆う様に影がかかる。

「よォ、凌牙。なァにやってんだ?」

「ふぉー?」

おずおず振り返る凌牙に、背後から箱を掠め取った男――Wは不思議そうに目を丸くしていた。

「お前一人か?姉はどうした」

箱を片手にWが問うと、見上げる凌牙の目がきらりと光る。

「りおにたのまれた、おつかいちゅう!」

大きく頷いてから、ちょっぴり得意気な表情で目の前の子供は愛らしく胸を張ってみせた。
俺が見つけた時は泣きそうだった癖に、と意地悪い事を言うかと迷ったが、あまりにも凌牙が誇らしげだったのでそっと口を噤んだ。

「へぇ。何買いに来たんだよ」

「あ……えと、ふぉーがいま手にもってる、こーちゃ……」

段々と小さくなる語尾に、Wは成る程と独り納得した。先程泣きそうだったのは、この箱が届かなかったからだろう。好きな子程苛めたい精神の持ち主なWだが、ここで意地悪をしてしまう程まだ歪んではいないし何より凌牙の姉の報復が恐ろしい。

「……たく。凌牙、手ェだせ」

「?ふぉー、これ、」

まだ死にたくないWは、凌牙の小さな両手の上に持っていた紅茶パックをぽんと置いてやる。ぱちぱちと胡桃のような目を瞬かせる子供の頭を可愛いな、とくしゃくしゃ撫で柔らかい髪を堪能しながら口を開いた。

「お前が頑張ったご褒美だよ」

「!」

Wの心情も知らない無垢な眸がぱあっときらめく。
少し潤んだ瞳に、小さなふっくらした薄桃の唇。極め付けは嬉しげに赤くなる頬。……あと何年くらいすればこの子供に手を出しても良いものかと真剣に考えてしまう愛らしさだ。

「ありがとう!ふぉー、すき!」

「ああ。俺もだ」

「あ……でも、きょうはこれでばいばいしなきゃ」

「?」

何故?お使いが終わったなら俺の家に寄ればいいのに、と無意識に紡ぎだした台詞は純真無垢な笑顔で放たれた言葉によって粉々に砕けた。

「ふぉーにあったら、ばいばいするって、りおとやくそくだから」

「……」

「だから、ふぉー、ばいばい!」

満面の笑みで手を振られては、引きつった笑顔で振り返すしかない。
WもWで買い足しの途中なので凌牙を捕まえられるわけもなく。花を飛ばしてレジの方向へ籠を運んでいく凌牙の後ろ姿を名残惜しげに見送った。

「あんの鬼畜姉め……」

呟いたWの元に真夜中、凌牙から話を聞いた璃緒からおぞましい内容のメールが届く事をこの時の彼は知るよしもない。



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