とび森パロ/喫茶店マスター、クリス/住民、凌牙etc
窓から射し込む日の色が鮮やかなオレンジになりつつある頃、クリスの喫茶店のドアベルがカランカランと来客を告げた。
きゅ、とカップを磨き上げ、視線をドアへ移すと予想通りの客に自然と表情が和らぐ。
「いらっしゃい。待っていたよ」
「……ああ」
むすり、とでも効果音がつきそう程の不機嫌な表情で店内に入ってきたのは、深い海の色の髪をした村の住人の一人である凌牙だ。
「クリス、」
「ああ、いつものだろう?」
半夜型の生活をしている彼は夕方からが活動時間であり、眠気覚ましの一杯をこうして飲みに来る。
ああいつもの、と凌牙が復唱するのを確認すると磨き上げたカップに珈琲を注ぐ。豆はモカ、砂糖を少しと、ミルクをちょっぴり。これが凌牙の一番好みの味付けだとクリスは熟知している。
「お前のための、特別な一杯だ。……さあ、召し上がれ」
ソーサーに乗せたカップをカチャリと彼の前に出すと、寝起きの不機嫌な顔が次第に穏やかになる。数回ふー、と珈琲を冷まし一口を飲みおわる頃には凌牙の調子は何時も通りになっていた。
「美味い」
「それは良かった。この後は、商店街に行くのか?」
「あー、そうだな。郵便局に行かねぇと」
「また貯金か、まめだな」
「違ェ。……手紙の返事、出すんだよ」
歯切れの悪い応えに、クリスがほう?と目を丸くする。誰へ、とは訊かずとも察してしまうのは、凌牙へ手紙を出した張本人がついさっきまで此処で返事が来ない、と拗ねていたからだった。
「毎回すまないな、うちの次男が」
「悪いと思うなら、便箋にびっしり恋文綴ってくるの止めさせろ……」
「……私にも出来る事と出来ない事があるさ」
「……」
無言で睨まれるが、クリスは困った顔で肩を竦めるしか出来ない。恋文に真面目に返答を返す辺り、凌牙も万更ではないのだろうとは口が裂けても言わない。
「目は覚めたかい」
「そこそこな」
こくん、と珈琲を飲み干し、凌牙は伸びをしてからゆっくりと息を吐いた。活動開始の電源が完全に入ったらしい。
椅子から彼が立ち上がった所で、クリスは頼まれていた事を思い出し凌牙を呼び止める。
「ああそうだ。博物館にいる父様まで、珈琲を運んでは貰えないか?」
礼は今日の珈琲代で、と条件を付け加えれば、財布を取り出そうとしていた凌牙の目がキラリと一瞬輝いたのをクリスは見逃さない。
「いいぜ、丁度展示物を見に行く予定だし」
「では、これを」
『博物館館長宛』と書かれた手提げ紙袋に、珈琲を注いだ持ち帰り用のタンブラーを詰めて彼へ手渡す。
微かに香る珈琲の匂いに、凌牙は紙袋を慎重に両手で受け取る。そんなに丁寧でなくとも零れたりはしないのだが、両手で紙袋を抱える姿が新鮮な為か彼へ掛ける言葉は微笑みに変わった。
「じゃあ、俺は行くぜ」
「ふふ、またのお越しをお待ちしているよ」
そっと扉を開いた凌牙を、楽しむようにクリスが片手を挙げ見送る。カランカランとベルの音が気持ち良く響いた。
きっと配達が終わったら、海にでも行ってサメ辺りを釣りはじめるのだろう。浜辺と聞けば何となくロマンチックな場所の様な気がしていたが、凌牙がこうして越してきてからはどうにも『釣り場』な印象が濃くなってしまった。
まあいいか、と独り納得し、クリスは凌牙の飲んだカップを下げ、シンクの隅に置いた。
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喫茶店ハトの巣のマスターが淹れた珈琲は美味しそうですよね