凌牙が五歳/璃緒がお姉さん/ショタコン注意
璃緒は内心、笑みが零れて仕様がなかった。普段は冷静で中等部では『氷の女王』とまで言われるような言動を取る彼女だが、今は女王の影すらない。
そんな女王を形無しにしている原因は、現在璃緒の周りをひょこひょことてとて、と付いて回る小さな子供だった。ソファに座れば小さな存在も璃緒の隣によいしょと乗り上げ、璃緒が文庫本を開くと同じように子供版海洋図鑑を得意げに開く。まるで刷り込みをした小鳥の雛だ。
一生懸命に真似をして後を付いてくる存在である子供もとい、弟の凌牙が璃緒は可愛くて仕方なかった。
「りお!」
「何かしら、凌牙」
同じように読書に勤しんでいた弟が拙い声で服の裾を引いてきたので、抱き締めたい衝動に駆られながらも平静を装い笑いかける。小さな存在は図鑑に載っている深海の魚を指差し瞳をきらきらとさせた。
「さめ、かっこいい」
「ふふ、凌牙は鮫が好きね」
「ん。こんど、りおとデュエルするときは、さめのカードたくさんいれるんだ」
小さな手でカードを引く凌牙を想像し、璃緒は小さく吹き出してしまう。カードの説明文が読めない、と何時も相手をしている璃緒に訊いてくるのだから可愛らしくて適わない。
「また今度ね」
「やくそく?」
「ええ、約束。指切りしましょ」
凌牙とデュエルの約束を指切りした後、凌牙のジュースと自身の紅茶を淹れる為にキッチンへと立ったが、インスタントのティーパックをしまってある瓶が空になっている事に気付いた。無くなりかけていたのをすっかり忘れていたのだ。
「はぁ……やっちゃった」
「りお?」
あちゃー、と溜め息を吐けば様子を見に来た丸い瞳と目が合う。ぱちくりと瞬きをした凌牙の視線が璃緒から空き瓶へと移る。
「こうちゃ、なくなったのか?」
「うん。今日は我慢しないとね」
笑いながら、凌牙のコップに林檎のジュースを注ごうとコップを手に取った所でくい、と服を引かれた。
振り返ると爛々と瞳を輝かせる存在がいる。
「おれが、かってきてやる!」
「え!?」
来年小学生になる弟から、突然の『はじめてのお使い』という申し出に彼女は珍しく狼狽えた。
*
「いい、凌牙。わたしとの約束、忘れていないわね?……道に迷ったら、」
「りおに、れんらくする」
「買ってくるものは何?」
「えっと、……赤い箱のこうちゃのパック!」
「そう。じゃあ、知らない大人に声を掛けられたら?」
「おみせにはいって、たすけてくださいっていう!」
よし、と頷き璃緒は凌牙がお気に入りの鮫のバックパックを手に取り、それを小さい背に背負わせる。鮫のぬいぐるみのようなバックパックを嬉しそうに背負う弟の姿を心の中に焼き付け、中に入っている財布とDパッドと防犯ブザーの説明をする。
本当はスタンガンや催涙スプレーもそっと添えておきたかったが、唇を噛んで我慢した。誤って凌牙が感電或いはスプレーを浴びるなど、あってはならない。
Dパッドで何時でも位置が把握出来るようにした事で、何とか妥協したのだ。多少大袈裟に見えるが、第三者からみても幼い凌牙は非常に愛らしいのだ、犯罪に巻き込まれる可能性も0ではない。
「りお。おとなでも、しってるおとななら、はなしをしてもいいか?」
ぱああっとばかりにはしゃぐ凌牙の問い掛けに、一瞬で頭が冷静になった。知ってる、大人。凌牙が差しているのは十中八九、九分九厘、あのペド共……否、凌牙をよく構っている男の事だろう。出会ったのは凌牙を連れてカードショップに行った時が切っ掛けだった。
カードショップが行きつけだったのもあり会う確率も増えたのと同時に、彼等が凌牙の魅力に骨抜きになるのも同じくして、だ。
あいつらは犯罪に片足突っ込んでるわ……、と凌牙に甘い彼等を思い出し青筋は消せないがなるべく笑顔で凌牙に問う。
「……例えば誰?」
「ん……かいと、と、はると!」
「そうね、カイトがハルトと一緒ならお話してもいいわよ。でもカイト一人だったら彼も忙しいでしょうから構っちゃだめ」
凌牙に手を出しそうな犯罪者予備軍にリストアップしてあるから、という言葉は口の中で飲み込んだ。
「わかった。あ、じゃあ……ふぉー、」
「駄目」
「? ふぉーと、はなしちゃいけない?」
「いい凌牙。小さい内は鮫さんだって大きな魚に食べられてしまうのよ……。私と一緒の時に、また彼とデュエルしましょう?その時までに作戦会議をするから、彼にばれないようにしないと、ね?」
「?りお、なにいってるんだ、わからない。けど、さくせんかいぎ!わかった、ふぉーに会ったらバイバイだけにする!」
璃緒が最も危険視をしているWには無視が一番効くのだが、凌牙から愛らしい手を振って退散と言う名の生殺しでもいいだろう。手を出したらタダじゃおかないと操り人形デッキ使いを負かすデッキ構築を考えながら、凌牙を玄関先まで見送る。
背中にはサメのぬいぐるみに似たバックパック、着ているパーカーはデフォルメ化したサメの絵柄。どれも凌牙のお気に入りだ。
「凌牙、くれぐれも、気を付けるのよ」
不審者に、変態に。とまでは言わないがそれらを第一に気を付けてほしいのが姉心だ。
こくこくと無邪気に頷く凌牙に癒されつつ、頭を撫でて玄関の扉を開ける。
「あ、」
「どうしたの?」
「かいとやはるとみたいな、ともだちができたら、はなしてもいい?」
「そう、ね……後で私とも『お話』させてくれるならいいわ」
凌牙に手を出すか否か、ブラックリスト判定をしなければいけないから。璃緒の許可に、凌牙の表情が明るくなる。この様子だと、買い物をした帰りにこっそりカードショップに行きたいのかもしれない。
「寄り道もほどほどにね。いってらっしゃい」
「! いってくる!」
駆け出す小さな背中に手を振りながら、くすくすと璃緒は笑う。
さて、部屋に戻って凌牙の位置情報の把握に努めなくては。
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