幸せシリーズ…カイト24歳と凌牙17歳の設定話/パラレル




ざあっと雨が降り始めた。日曜日の昼過ぎ、窓に叩きつける程の大粒の雨を眺めていたハルトが悲しそうに肩を下げる。

「これじゃ、何処にも行けないや……」

何時ものように天城兄弟の家事をこなしに来ていた凌牙は、力なく窓の外を眺めるハルトにキッチンから視線を向けた。兄であるカイトは昼過ぎには帰る、と言い残し休日出勤に出ているため部屋にはハルトと凌牙しかいない。

……そう言えば、カイトが帰ったら近所の公園に遊びにいく、と約束していたか。
兄弟が指切りをしていた昨晩を思い出し、調理をしていた手を止める。ちょこんと存在を主張する子供用リュックサックがハルトの悲しさを更に倍増して見せていて。

「あー、ハルト。もう少ししたらきっと止むと思うぜ?」

夕食用のマカロニサラダが入ったボールを冷蔵庫に移すと、しょんぼりとしている小さな体躯へと慰めるように言葉を投げる。

「……うん。だいじょうぶ」

凌牙の言葉には不器用さが滲んでいたが、ハルトも伊達に彼に世話になっていない。凌牙の言葉の真意なら兄同様に理解出来た。
凌牙が慰めてくれている事を知り、ゆるく頷き返すが矢張り強くなる雨足に残念さは募る。

「兄さん、かさ忘れてないかな」

「折り畳みを持たせたから平気だろ」

「そっか」

「……、ココアでも、飲むか?」

「……飲む」

ソファーに二人で座りぽつぽつと会話をしてみるが、元気の出ない声に凌牙はぽんとハルトの頭を撫でキッチンへと向かった。

「ん?」

カラカラと食器棚を開けハルトが使っているマグカップを取り出そうとした手は、食器棚の奥端に置かれた紙コップが重ねられている袋に動きが止まる。封が切られていないソレは、凌牙が知らない事から随分前にしまわれたままの様だ。
恐らくカイトもある事すら忘れているだろう未開封の紙コップを引き摺り出すと、凌牙の中で小さくぴこんと閃くものがあった。


「ほらよ」

「わ、ありがとう」

牛乳たっぷりのココアが入ったマグカップをローテーブルに置くと、僅かにハルトが目を輝かせた。少しだけ気分が上がってくれたみたいだ、とココアを飲む姿に小さな笑みが零れる。

「ハルト」

「?」

続けて、未開封の紙コップの束と手芸に使う糸をマグカップを置いた隣に並べればハルトは丸い瞳を更にまんまくるした。
かさりと音を立てる紙コップの袋を開け、凌牙は小学生の頃図画工作で作ったものを思い出しながら一組の紙コップをテーブル上に置く。

「りょうが、何をするの?」

「電話を作る」

「え!」

なにそれ!と途端にハルトの瞳がきらきらと輝いた。予想以上の食い付きに内心安堵し、これならばカイトが帰るまでにはハルトの退屈を減らせるだろうと思案する。
大好きな兄が帰れば、雨の憂鬱もきっと吹き飛ぶだろう。凌牙の思い付きは絶好の暇潰しになるようだった。


紙コップの底にソーイングセットの針で小さな穴を一つ開ける。それからは糸を通して止めるだけで『糸電話』の完成だが、それだけではハルトがつまらないだろうと色つきのマジックで紙コップに好きなものを描くことにした。
きゅ、きゅ、と平面ではない紙の上に歪な星が描かれていく様子を横目に、凌牙も自分側の紙コップに青いペンで水泡柄を描く。最後に大きな魚を描けば中々良い出来になった。

「りょうがはサメを描くのだけは得意だね」

「普段ハルトに付き合わない限り絵なんて描かないからな」

「そうなの?でも、兄さんよりは上手だよ」

「……あいつの画力そんな酷ェのか」

カイトがウサギを描いたら不恰好な猫になった話を震えながら聞きつつ、長めに切った糸を紙コップ同士に繋げれば糸で繋がる電話は完成した。繋がるのか、早く試したがるハルトがそわそわするのを内心微笑ましく思い何処から何処で試すか部屋を見渡し糸の長さを考える。
ピンと張らなくてはならないため、玄関から伸ばしリビングを出て寝室のドアを開けた位置が双方の姿も見えなくなる、丁度良い場所のようだ。

「りょうが、いいよ!」

「よし。じゃあテストするから耳に紙コップあててみろ」

「はーい」

玄関の前で手を振るハルトを確認し、寝室のドアの前に立つ。糸が角に当たらないよう注意しながらハルトの視界から隠れる。
カラフルな紙コップの内側へ、小さく「ハルト?」と囁けば、すごい!とはしゃぐハルトの声が玄関の方から聞こえ自然と口元が綻んだ。

「聞こえたな。次、ハルトがやってみろ」

『りょうが?聞こえる?』

「ああ」

『ふふ!あのね、外雨だけど、いまはすごく楽しい!』

「そりゃよかった」

『りょうが、いつもありがとう』

「ん」

拙い言葉に、沢山のありがとうが籠もっているようだ。壁に寄り掛かりながら、ハルトの声にじっと耳を傾ける。雨音は激しくなるが、耳元に届く声だけははっきりと聞き取れた。

『あとね、えーと、りょうがは、兄さんがすき?』

「……何で今カイトの話題なんだ」

『えっ、と、何となく……?』

暫く他愛のない会話をしていたと思えば唐突にカイトが好きかと振られびくりと戸惑う。そんな凌牙の表情は誰にも見えていないが、目元が薄らと赤くなった。
紙コップを耳にあてながら、無意識に首に下がるチェーンに通された指輪へ手が伸びる。その指輪はクリスマスを過ぎた休日に二人で選んだペアリングだ。安物でいいと言った凌牙に、カイトが鼻で笑い桁が一つ多いものを揃いで購入され片方を贈られた。選んだ、というよりは選ばされた、だが、今思い出してもカイトに踊らされた感に苛立つのだけれど。でもそんな彼を嫌いだとは思えない。

「――嫌いだったらこんなに世話焼かねェよ。ハルトは素直だから放っておけないけど、カイトは違うだろ?」

『……』

「俺よりずっと大人な癖に、時々そう見えなかったりするんだよ。そんなカイトが見れたりすると、嬉しい、なんて思って」

『ぼく達と居て、りょうがは幸せって感じてくれるんだね』

嬉しげなハルトの声が、凌牙の喉のつっかえを取り去る。普段なら言わない言葉が吐く息のように音になった。

「ああ、幸せだぜ」

ありがとう、好いてくれて。
吹き込んだ想いは糸を震わせハルトの耳へと届いただろうか。今度は凌牙がコップを耳元に手繰り寄せる。愛しい兄弟の弟からの返事を聞くために。

『――凌牙』

「!」

だが糸を震わせて届いたのは、ハルトの声ではなく、今しがた話題に上がった兄の声。ばっと角から顔を出すと、にっこり笑う弟に、にんまりとしてやった顔をする帰宅した兄の姿があった。

「カイトてめぇ!何時から聞いてやがった!」

『ハルトがお前は俺の事が好きなのかと訊いた所からだが?それより、折角糸電話を作ったのだからコイツを使って話すべきだろう』

愉しげな声が直接ではなく、紙コップから響き凌牙は言い返せず言葉につまる。
何より、羞恥で上手く頭が働かない。

「……、帰ってきたなら、言えよ」

『それについては謝ろう。だが、ドアを開けたらお前達が俺を差し置いて何やら内緒話のように楽しげにしていたのが悪い』

「嫉妬か」

『あのね、兄さんと二人で聞いててごめんなさい、りょうが』

「ハルトは悪くねぇよ。……ったく」

兄弟揃って廊下に座り、紙コップを耳に近付けていた姿はさぞ見物だっただろう。ましてや片方はやきもちから参加したいい大人だ。
紙コップへ言葉を注ぎながら、凌牙が悔しさ半分諦め半分な声を出した。

『所で凌牙、先程幸せだと言っていた件だが』

「蒸し返すな馬鹿!」

訂正、怒号に変わった声には悔しさが占めていた。羞恥で死ねるとはこういう事なのか、と急速に赤らむ頬の熱を感じながら凌牙は唇を噛む。

『そう恥ずかしがるな』

「黙れ、ハルトに変わってやれよ」

『隣で聞くのも楽しいらしいぞ。……で、お前は俺達と居て幸せなんだな?』

「……そうだって、言っただろ……」

顔を見なくても分かる、カイトは嬉しげに口角を吊り上げていることだろう。
もう全て聞かれていたのだから、半ば自棄になり肯定してやれば、耳元で『そうか、』と柔らかなカイトの声が届いた。

『ならばお前がもう少し大人になった時に、俺達と家族になるか』

「は、なに、いって、」

『そのままだ。お前と家族になりたい。俺は待っているから心配はいらない』

ハルトが「りょうがも兄さんになるの?」とカイトに訊いている声が玄関の方から届く。彼に言われた言葉に、嬉しいのか呆れたのかぐるぐると混乱した頭では処理仕切れない。

「……気が向いたら、考えてやるよ」

『ああ、返事を楽しみにしている』

額に手を当てながら何とか紡ぎだせたのは、小さな強がりだった。
糸電話の先で、兄弟がクスクスと嬉しそうに笑っている気がした。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -