同棲設定/Wはプロデュエリスト、凌牙はプロ兼主夫




携帯のアラームが鳴ったのを合図にソファーにごろんと横たわり、凌牙はテレビの電源をいれた。夜、時計の短針が真上にくるよりも幾分前くらいの時刻に何時も視聴しているデュエル番組は始まる。
大会の最新情報やカード情報、デュエル好きな人間には欠かせない情報を放映するこの番組を凌牙は忘れずに視聴していた。今週は何の話題を放送するのか、とカフェオレが入ったマグカップをローテーブルに置き、画面へと視線を向ける。

「……。はあ?」

が、期待していた番組のテロップを脳が理解した瞬間、明らかに驚きと呆れがない混ざった声が凌牙の口から零れていた。
画面に映るのは番組のアシスタントアナウンサーの女性と、凌牙が良く良く知っている……自ら受け入れるには羞恥心が伴い、素直に言えはしないが所謂自分の恋人の位置にいる青年――W。
特別企画、と打ち出されたその下には『プロデュエリストに訊く、デッキを組みやすい場所は?』なんて在り来たりな文字が踊っていた。
何を血迷った、生真面目な内容過ぎて番組の存続でも危ぶまれたのか。凌牙は呆然と明るい画面を見つめ現実逃避をしたくなる。
ここで電源を落とせばいい話なのだが、それを許さない理由が凌牙の思考にストップを掛けていた。

「プロデューサーを呼んでこい……これ、この部屋じゃねェか!」

何を隠そう、二人が映っているのは凌牙が今寝転んでいるソファの背後に置かれたテーブルと椅子の場所だ。見覚えのある家具に見覚えのある背景の雑貨類……思い切り、この部屋だ。
掴んだままのマグカップをカタカタ揺らし、ヒートアップした独り言が怒りのゲージを上げていく。
いつ収録した?俺と同棲してる事が分かるようなものはないだろうな?
浮かんだ疑問は冷や汗ものだ。懸念材料を打ち消したく、映る部屋の背後を隈無く見回す。隅に置いてあった凌牙のアクセサリーを飾るインテリアや、二人が写った大会での写真は不自然にならないようチェストの上からは無くなっていて、ほっと一安心する。

そうしたうちに、画面は椅子に腰掛けにこやかな紳士面を晒すWと、楽しげな声音で部屋を見渡すアナウンサーの構図に切り替わっていく。

「Wさんを引き立てるような落ち着いた内装ですね」

「ふふ、ありがとうございます」

きょろきょろと失礼にならない程度に部屋を見る女性アナウンサーに、Wは紅茶を一口嚥下し、例を述べていた。
まあ、確かに。彼の素の性格は歪んでいるが、Wの選ぶモノは何時だって凌牙の好みのものだ。仕方なく何時ものコーナーに変わるまで、凌牙は番組の視聴を続ける事にした。
そして絶賛入浴中の彼に視聴後の罵詈雑言を浴びせてやろうと苛立ちながら。

「小物類も青と紫で統一なされているんですね。Wさんはこういった色合いがお好きなんですか?」

「そうですね、見ていると落ち着くんですよ。 ――綺麗だと思いません?それでつい衝動買いしてしまって」


「っWの野郎」

疑問符を付けた言葉が、画面の向こうにある過去のWの切れ長の双眸と共に、レンズの奥の現在の凌牙へ向けて放たれる。気のせいなどではなく、間違いなくWは凌牙が羞恥を感じる事を分かった上で言っているのだ。
青いヴェネツィアングラスだって、花が描かれたアズレージョのピース絵、映された雑貨はどれもWが大会先の土産として購入してきたものだった。買ってきては、「凌牙みたいだったから」と楽しげに飾っているのだ。

「ええ、とても綺麗です。それにしても、Wさんもお茶目な所があるんですね。もしかしてソファの隅に置いてある鮫のぬいぐるみも衝動買いのものですか?」

「当たりです。可愛らしくて、それを傍らによくデッキ調整をしているんです。自室で調整しているより、広いリビングが不思議と落ち着くんですよね」


「はあ、あの嘘つきが」

今まさにクッションの役割をしてくれている鮫のぬいぐるみが映され、くすくすとわらうWの声が凌牙の耳を擽る。カフェオレを口にしながら、Wの言葉に独り言がついて出てしまう。
凌牙は、ぬいぐるみの件ではなく、Wが自室であまりデッキを組まない理由に呆れていた。

広いからなんて真っ赤な嘘だ。Wがいつもデッキを触る時は、凌牙の隣か凌牙の声が届く範囲。その条件さえ合うならば、自分の部屋でだって凌牙のベッドの上だってお構い無しにカードを広げている。W曰く、互いの意見が聴ける距離が良いらしい。

そんなWの姿が好きだなんて、口が裂けても言わないが。
一人恥ずかしくなった気持ちを隠しつつ、凌牙はじとりと画面を睨む。

「素敵なギャップですね。流石は世の女性を虜にしてしまうプロデュエリストなだけあります」

「はは、大袈裟です。虜だなんて……何だか気恥ずかしい」

「照れるWさんという希少な一面が見れた所で、今回のプロデュエリストへのインタビューを終わります。Wさん、自宅にお招き頂き有難うございました!」

小さなコーナーだったお陰か、アナウンサーがにこやかに頭を下げると、画面は切り替わり番組は何時ものように大会情報を細かく説明する内容に変わる。


少し遅くなった目当ての内容を見終わると、部屋の扉が開いた音を聞き凌牙はカフェオレで喉を潤し微かに息を吸う。

「――W」

「ん?ああ、風呂なら空いたぜ」

「『流石は世の女性を虜にしてしまうプロデュエリストなだけあります』、だってな?」

先ほどのアナウンサーが言っていた言葉をそのまま言ってみせると、Wは髪を拭く体勢で目を丸くしていた。台詞の出所を探したのか、凌牙の言った台詞の意味を理解すれば即座にWの目が悪戯を成功した時のように爛々と輝く。

「漸く放送されたのか。はは、びびっただろ」

「ンな訳ねぇよ」

「素直じゃないな……なら、妬いたか?」

「……」

にんまりと笑うWにぴたりと思考が止まる。
妬いた、とは。すとん、とWの言ったその言葉が心の何処かにしっくりと填まった。
何に。誰に。自分に問うても答えはあやふやだ。だが、Wの言葉は的を得ていて。

「俺が、妬いた?」

「そうだよ。例えば、お前の痕跡が無かったあの映像に、俺を褒めたあのアナウンサーとかに」

「――」

「言い返すなよ、どうせ図星だ」

凌牙の中の一番近い答えを言い当てながら、Wは凌牙の手にあったマグカップをぱっと横取りして飲み干してしまった。
温くなりあまり美味しいとはいえない味なのに、Wは満足げに「凌牙の淹れるカフェオレは美味いな」と目元を緩める。

「何だか、してやられた気分だ」

「凌牙、拗ねるなって」

「うぜぇ。カフェオレ飲みたいんだろ、淹れてくるからカップ返せ」

伸ばした凌牙の腕はWに避けられ空を切った。変わりに、腕を絡め取られ、凌牙の体勢が崩れる。

「いい。今はお前に甘えていたいんだよ」

息を詰めたのも束の間。
凌牙の行動すら想定内なのか、カップをローテーブルへ置き捨てたWはあっという間に凌牙を抱き止め腕の中に閉じ込めてしまう。
香水の香ではなく、Wが愛用している石鹸の香りと、高めの体温が段々と凌牙の気持ちを落ち着かせていく。

「やっぱり、」

「?」

「凌牙の存在を感じられないと空しいだけだって、あのインタビューの時思い知った」

愛しさを閉じ込めた赤い目を細め、困ったような声でWは言葉を紡ぐ。
抱き留める腕の力が弱まり、そっと自分の下にあるWの表情を見下ろすとどちらともなく視線同士が絡まって。

「凌牙、もっと顔近付けろよ」

「……、ん」

互いの唇を、柔らかく重ねる。Wの体温を普段よりもずっと近くで感じ、どうしたらいいのか混乱してしまう。
そして、それ以上に。

「相変わらずキスだけは下手くそだよな」

「……っは、うるせぇよ。そんな俺が好きなくせに」

「ハハ!そうだな、ベタ惚れだ」

Wが心底凌牙を好いてくれているという事に、酷く安心してしまうのだ。



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紅晶さんお誕生日おめでとうございます!
愛を籠めて、W凌をお贈りします。
fromりょう 0513
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