ベクターがゲス記念。
もしベクターの中に真月の意志があったら。





心とは感情とは精神とは、一体何なのか。濃い暗闇の中で考える。
それは人格を形作るモノの一部であり、持ち主を動かすゼンマイの様な部分なのだろう。

ベクターにも、勿論その部分は存在している。残虐で非道だと言われようと、彼にも心や精神はあり、よからぬ事をする際には最大限に気持ちは昂ぶっていた。
ケラケラと嗤い、相手を激怒させる事においては右に出るものはいないと言われているベクターの心。
その内側、心の奥底にベクター自身が気付かない程の小さな感情は、生まれていた。

「人間世界に行くだなんてご苦労なこったなァ。アリトとギラグが尖兵なんて務まんねぇよ!」
本当に?

「温い温い。アイツ等の手段は温過ぎる!俺だったらあんな所で足踏みなんてしてないってーの!」
ベクターは、強いから?

出来て間もなく拙い感情はベクターの言う言葉に、疑問を添えるようになった。けれどもベクターは気付く筈もなく、どちらの言葉も独り言になる。


『ベクターは人を苦しめるのが好き』

やがて生まれた心は気付き始める。ベクターの考える事を良いとは思えなかった。賛同もしていいのかわからない。

『……あれ?』

自分は持ち主の意識に合わない感情集合体なのだと、この時一瞬で悟った。人の形も無く、声もないただの心の塊が持ち主の意志に反した感情を有するモノになってしまった。

『嘘だ、そんな……ああ……』

驚愕し、そうしてからとても悲しくなった。
自分に見える視界はベクターが見ているもの。声は、生み出したベクターにさえ届かない独り言。姿もなく、あるのは強い感情だけで。
誰にも認識されないのだ。深い孤独に、目の前が暗くなるような事実に、愕然とした。

「さァて、人間界に行ってよからぬ事をはじめようか。手始めに九十九遊馬にでも取り入ってみようかねェ!」

『九十九、遊馬、くん』

自我を確立してから呟いた二人目の人の名は人間界の少年の名。
会ってみたいと思う反面、会ってはいけない、そんな事いけないと叫ぶが声は空しくかき消えた。

「ヒャハハ、今日から俺は真月零だ!九十九遊馬を苦しめる最っ高の存在になってやる!」

『駄目だ。そんな事……、』

うわごとの様に駄目だと繰り返し、首を振ろうと、ベクターの心は変わらない。
だから余計に悲しさも歯痒さも増して行くのだろう。

真っ暗な心の奥で、彼は静かに両の眼から水滴のようなものを流す。無力な自分が嫌だった。誰かに見付けて欲しかった。

『僕は――真月零になりたかった』

溢れた願いも激情も、すべては暗い心に溶けて行く。



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という淡い期待がありました
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