※良かれ真月くんとして見てください







黄昏時。濃いオレンジに色を変えられた廊下を真月は小走りに駆けていた。
普段は廊下を走るなと教師に注意をされるだろうが、下校時刻を過ぎた今現在は生徒の姿すら見えない。
教師もいるはずがなく、真月は昼食を済ませた屋上へひたすら走る。

真月が屋上に向かう理由はごく単純なものだ。遊馬達とはしゃぎながら過ごしたそこに、自らのDパッドを置き忘れてしまったからで。
気を抜いてしまった、と己を叱咤しながら二年の教室が並ぶ廊下を走っていると、ふと真月の視線が鮮明な色を捉えた。

「あれは……神代凌牙か?」

ふいに脳内から引き出した名前は、今日の昼も食事を共に摂った一つ上の学年の少年。
がらんどうの教室で一人、彼は窓際の机に座りデッキを広げていた。凌牙以外に人の気配は無く、見たところ彼は一人でデッキ調整をしているようだ。

「――」

真月は足を止めて不思議とカードを眺めている凌牙から目が離せなくなる。

カードへ向けられる伏せられた双眸。そこから見える瞳の色は夕陽に照らされようと変わらない深い夜空に似た色。さらりと彼の耳に掛けられていた藍色の髪が自然に落ちるのも気付かない様子で、凌牙は真剣な面持ちのままカードを選別していて。

その光景、凌牙の横顔に、恐ろしく惹き付けられた。
まるで見てはいけないものを見てしまった様な、背徳感が背筋を撫でていく。
真月の実年齢よりも凌牙は年下だと言うのに、その姿から醸し出される『何か』には思わず目を見開く程の艶やかさが漂っていた。

「誰だ」

「っ!」

いけない、と真月が思った瞬間、カードに目をやっていた凌牙がするりと顔を上げ真っ直ぐに此方を見てきた。
急いで苦笑いを形作りながら、すみません、と二年の教室へ足を踏み入れる。

「見慣れた姿があったので、つい」

「へえ。お前、真月だっけ」

「はい。良かれと思って神代先輩を観察して、ました……ははは。ごめんなさい」

怖ず怖ずと目を泳がせつつ頬を掻く動作をすると、凌牙は訝しげに首をかしげてみせる。

「別に構わねぇよ。それより、遊馬の馬鹿にくっついてるお前が一人なんて珍しいな」

「え!?あ、えっと……屋上にDパッド忘れちゃって、」

そんなに九十九遊馬と一緒にいるだろうか、と日頃を思い返しながら真月は眉を下げた。
だから急いで取りに来たんです、と失態を隠すような笑顔を見せると凌牙は瞬きをひとつ、ぱちりとして手元のカードを山札に戻す。

「神代先輩?」

一連の流れに真月が凌牙を呼ぶと、しかめっ面が返ってきた。

「その呼び方、お前が言うと何だか違和感があるんだよ」

「え、」

「璃緒とも被るし、凌牙でいい。シャークでも構わない、けど先輩とか付けるな。 柄じゃないだろ?」

「――」

誰の、とは言わず、凌牙は真月から目を逸らしデッキを丁寧に整え始めた。妙に鋭い、と真月は凌牙の動く手先を眺め彼への認識を改めるその間に、デッキをまとめ終えたらしい凌牙はたん、と机から降りて鞄を片手に真月の方を向いていた。

「ほらよ」

「あ、僕のDパッド……?」

「屋上に置き去りになってたぜ」

彼がポケットから投げたそれを確認すると、確かに手の中のものは真月のDパッドだ。
見つけてくれていたんですか、と目を丸くすると偶々だ、と気のない返事が返ってくる。しかし意地の悪さを内面に持つ真月は、不思議そうな表情を作り、

「あれ?もしかして、僕が取りに来るまで……ここで待っていたりしました……?」

屋上に行くにはこの教室の前を通るのが近い。下校時間を過ぎても凌牙が学校にいる何ていう想像しにくい事が目の前で起きている。
純真さを装いながら、凌牙さん?とわざと問い掛ければ暫らくの間が生まれて。

「……デュエルする時、ないと困るだろ」

さっと色付いた目元を真月は見逃さなかった。
帰る、と言い捨て教室を後にする凌牙の背を見送り、気配が完全に消えてから真月はゆったりと目を細める。そこには子供らしさの面影はなく。

「何だ。見かけによらず可愛らしさもあるんじゃないか」

凌牙が座っていた場所に腰掛け、真月は愉しげに笑んでいた。




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真ゲス君の前に書いてましたェ
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