探偵×助手な設定






高価な指輪が盗まれたのだと、派手なドレスに沢山の装飾品で着飾った熟年の婦人が言う。それはそれはヒステリックに嘆きながら、事の経緯を話す。
真っ赤な口紅を引いた口が甲高い声を出すたび、女性の向かいに腰掛ける桔梗色の髪の青年は深刻そうに相槌を打った。

「それは、大変ですね。……警察には届けを出されましたか?」

「出したわ!でも、割られた窓やガラスケースからも指紋は出ないし結局何一つ犯人を見付けだす証拠がないって……あんまりよ!」

女性がハンカチで目元を拭うと、彼女の両隣に座る男性達が心配を作ったような雰囲気で彼女を慰めた。会って直ぐに訊いたが、彼らは婦人の義理の息子や甥や彼女に近しい親戚らしい。
そんな光景を一瞬冷めた目で眺めた青年はまた落ち着いた表情になり、婦人へ静かに微笑んだ。

「そうでしたか。我々が喚ばれた意味が判りました。……お話、有り難うございます」

「貴方達はとても優秀だと紹介されたわ。指輪を盗んだ人間を見付けて、私の前に突き出して頂戴!」

「――ええ、必ず。先ずは別室で現場を見ている主に報告をしてきます。……あの人の事ですから何か判ったでしょう。もう少々指輪の飾られていた部屋をお借りします」

婦人が幾度も頷いたのを確認し、青年は失礼しますと彼女が男達を侍らせていた部屋を後にする。


コツコツと靴音を響かせ、青年は先程とは打って変わり酷く不機嫌な顔をしながら指輪が盗まれた部屋に滑り込んだ。

「おい、カイト」

低い声で婦人の前では主と言った男を睨み付けると、振り返ったモデル顔負けの整ったパーツをもつ青年は涼しい顔でソファを見やる。そうしてから、視線をゆるりと動かした。

「凌牙、先ずは椅子をお借りして話を聞こう。――見て解ったがこの部屋の扉はどうやら締まりが悪い様だ」

「! ……それは失礼しました。僭越ながら、依頼人より事件の顛末を言付かりましたので報告に来ました」

カイトと呼ばれた精悍な顔つきをした彼がすっ、とドアへと視線を投げ、人差し指を自身の口元に当てる。
すると事情を瞬時に察した桔梗色の髪の青年――凌牙は口を閉じ、次に開いた時にはカイトへ丁寧な口調で応じた。表情は変わらずに不機嫌なままだが。

「ああ。此方も大方見立ては着いた。『窃盗犯は外部の人間の可能性がある』」

「そうですか。貴方が仰るならばそうなのでしょうね」

「だが一応婦人の話を聞こうか。 ……凌牙もういいぞ」

じっとドアの向こうを睨めつけていたカイトが暫くしてクツクツと笑い、ぞんざいな態度で脚を組みドアから視線を外す。凌牙も凌牙でカイトの眼前にあるテーブルに行儀悪くもその上に座り大きな溜め息を吐いた。

表向きには冷静沈着頭脳明晰に眉目秀麗だと名高い探偵、天城カイトと、その助手である、主のカイトに従順で聞き上手のしなやかな美青年、神代凌牙。清廉さを漂わせているといわれる二人は、財閥や芸能界を中心に様々な方面にパイプを持つ腕利きで探偵社を営んでいる。
まるで絵に描いた様な物腰やわらかな二人組、と密やかに社交界などで女性達には話題の彼等だが――外の面は演技なのだから当たり前だろう。
なにしろ、口も悪ければ敵となりうる人間を前にすると冷酷冷徹に無慈悲、これが二人きりになった時の彼等の本性だ。

「チッ 盗み聞きなんて質が悪ィ。どいつだ?」

「さあな。勝手にさせておけばいい。……それにしてもお前、猫を被るのが巧くなったな……」

「Wに似てきたなんて言ったら殴るし、敬語なのは処世術だ馬鹿」

「フン。奴が紹介者とは言え、Wに似せる気なんてない。お前は俺に従順な助手で、俺だけの生意気な公私共のパートナーだろう?」

「っ、うぜェ」

真顔で言い切るカイトの言葉に、凌牙は悪態をつきながらも赤らんだ頬を片手で覆う。
もう一つ公に秘している事といえば、……カイトと凌牙は探偵と助手という関係を越えた恋人同士ということだろう。

「そんな事より、さっきの外部犯の話は嘘だろ。相変わらず撒くのが上手いことで」

当たり前のように甘い言葉を飛ばす探偵に、助手は紛らわそうと会話の軌道修正を図る。凌牙の反応を一通り愉しんだカイトも、口端を深くして笑う。

「当たり前だ。盗品は指輪一点だと依頼人は言うが、外部犯がそれだけの為に盗みに入る確率は低い。この部屋には他にも宝石を使った装飾品が飾ってあったんだろう?普通だったらそれらも盗っていくぞ」

「俺が窃盗犯だったらそうするしな。それに、他の宝石の値打ちを合計して漸く指輪と同額だとあの派手好きは言ってたぜ。資料にもそう記載されてる。 それを知っていたから、指輪一点に集中して余った犯罪時間を証拠隠滅に費やせた」

「フ、例えば体調が悪いだのと当日は部屋に居るフリをしたり、普段は依頼人を美しいだと思ってもない言葉で信頼を勝ち取ってみたりな?――あの男共の中にいるのは明白だ」

「どいつも財産目当てなのが丸分かりだって顔だぜ。まあ、盗み聞きした奴が窃盗犯の確率高いか?」

資料として渡された盗品の詳細情報の紙と指輪の写真を眺めながらつまらなそうにカイトは短く息を吐いた。
身内の裏切りという結論に冷め切った顔をしている。

「そうだな。凌牙が部屋を出た後に席を外した奴を問いただせばいい。そいつの泊まっている部屋から硝子を割ったハンマーなり盗品なりが隠してあるのが見付かるだろう」

高価な物程、売り捌くには時間が掛かる。と足を組み替えながら探偵は腕時計を睨む。行き着いた結論が気に食わないのだろう。

「さっさと警察と依頼人に報告してから依頼料と調査料をもぎ取って帰るぞ」

「わかってる。カイト、依頼人共に会う前には眉間の皺無くせよ」

「全く……凌牙と過ごすはずだったが、無駄な時間を盗られた」

すい、とカイトが立ち上がったかと思えば身体を引き寄せられ、彼の腕の中に閉じ込められた。凌牙は呆れたが入り混じった表情をするが不機嫌なカイトの機嫌を良くするように背に腕を回す。
顔を埋めると凌牙の好きな香水の香りが微かに鼻腔を擽る。

「カイト」

「?」

「今日の一件でたんまり稼いだらこの後の俺の丸々一日、お前にやるよ」

「!……ベッドから逃がさんからな」

「ん、」

その後、機嫌が回復した探偵が「懺悔の用意は出来ているか」と男の一人を問い詰めるのを、依頼料の打ち合わせをしつつ助手はえげつないと眺めていた。



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溺愛探偵と助手。
打っていて楽しかったです。
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