雨を連れてくる青年と逃避行願望少年が出会った話/パラレル




神代凌牙には、ふと自分の住む町から遠くに行きたいと思う事がある。確かその考えに初めて辿り着いたのは、高校受験を間近に控えた頃だったはずだ。
試験に受かったとして、進学先で様々な事を学び、やがては就職や大学へ進む。未来予想というよりも、大まかな段取りという方がしっくりくる先の事。
それらを考えた時、凌牙の心はぽっかりと穴が空いたように虚しさを感じ取り、誰も知らない場所へ行ってしまいたいなどと考えてしまう。

そうこう思う内、凌牙は無事高校へ進学を果たしていた。学ぶ事は苦ではなく、かといって日々が楽しい訳ではなかった。淡々とした、彩りの薄い時間を過ごしているような毎日に逃避行願望が日に日に育つ。

そんな平淡な時はあっという間に凌牙を高校二年生にまで成長させた。


夏だというのに夕立一つなく、うだるような暑さに熱中症喚起を呼び掛けるアナウンスが町の罅割れたスピーカーから流れる。ここ最近はずっと定期的に熱中症注意のアナウンスが音割れと共に古いスピーカーから吐き出されていた。
じりじりと太陽がアスファルトを焼き、温度計は猛暑を指し示す。今年の夏は、全くといっていいほど雨が降らないでいた。

これだけの暑さと降水量のない日々が続いていれば自然と人は必要以上に外へ出たがりたくはなくなるのだろう。部活が終わり、着いた駅には凌牙以外に下車した人間はいなく、蝉の鳴き声だけが閑散としたホームに響く。

暑い、と冷房の効いた車両から出た凌牙はホームを照らす斜光に眉を顰めた。が、その視線の先、ゆらゆらと陽炎が揺れる反対側のホームに青年が一人居るのに気付く。

違和感があった。
こんな暑いなか、青年は汗一つかかず柱に寄りかかり手元の文庫本に目を落としていた。見た目は二十歳前後。深緑の前髪に金色の後ろ髪、焼けていない肌が随分と印象に残る。

ぼんやりと、青年を見ていると彼と視線が合った気がした。ホームの間は離れているのにすっと重なったような目線。逸らしてはいけないと強く脳から命令をくだされた凌牙は動けなくなった。

青年の表情は此処ではない遠い場所を映しているようで、何故だか酷く哀しそうに見えた。

どうしてそんな顔をするのかと疑問に思った時には青年と凌牙の間を電車が遮ってしまった。
電車が発車した後には青年の姿は無く、誰もいないホームがあるだけだ。印象的な人物だったと温い風を受けながらホームの階段を上がって行こうとすれば、青年が立っていた位置に何かがキラリと光って見えた。

「……?」

塵かと思ったが、目を凝らせばキラキラと光る物は大きめの切符の様なものだった。
反対側のホームには改札を通らなくても行けるので、自販機で買った飲料水を片手に先程まで青年がいた場所に階段を使い降りてみれば、確かに光る物がぽつんとアスファルトの上に落ちている。

「栞、か?」

存在を主張していたのは金属で出来た栞。金色のそれには凌牙には読めない外国語で短い詩が彫られており、日本製のものではないようだ。
何となく裏面にも目を通せば、そこにも片隅にアルファベットで文字が刻まれていた。

「か、い、と……」

持ち主の名前か。口にした瞬間、先程の青年を思い出す。証拠は無いが、栞の持ち主は彼なのではないかと直感的にそう感じた。

あの酷く哀しげな目が焼き付いて離れない。……明日も彼はこのホームに来るだろうか。下手をしたら塵と間違えて捨てられてしまうかもしれない薄い栞をノートに挟み、凌牙は改札を出た。もし明日逢えることが出来たなら返し、無理だったなら駅員に預けようと思いながら。

何故この時、駅員に届けなかったのかは凌牙自身判らない。あの目が映していた感情に惹き付けられたのが大きな要因なのかもしれなかった。
逃避行願望を抱えた凌牙が不思議な男と出会った。それは彼らの未来を一瞬にして変えてしまう事を誰も知るはずが無い。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -