※暗い





兄さんが、ボクは悪い夢を見ているだけだと言う。膝をついてボクの目を見つめながらそう言った兄さんは、少し辛そうだった。その言葉はきっと兄さん自身にも言い聞かせていたんだろう。
だけれど、どうして兄さんがそんなに傷ついた顔をするのか、判らなかった。判ってあげたいのに、理解しようとするほど霞んで判らなくなっていく。


この高い場所から見える無数の街の光が眼下を覆っている。ビルの灯り、家の灯り…沢山の人の灯す光が点滅している。この光の下でどれくらい悲鳴を上げる人がいるのだろう。
ふと横に立つ兄さんの表情を伺うとその眼差しは眼の下の光じゃなくて、ずっとずっと遠くの、夜空の先を見ているように暗闇を写し取っていた。
暗い色をした兄さんの目はとてもきれいに見える。きれいで、もしかしたらもっと暗く塗り潰すと今より一層きれいになるんじゃないかと思ってしまった。

「兄さん」

「ハルト?」

「ここからじゃ、悲鳴が聞こえないね」

「……ああ、そうだな」

人の悲鳴も聞きたいけれど、ボクを呼ぶ悲痛に満ちた兄さんの声も静かに心を安定させてくれる。
悪い夢。きっと兄さんが言う通り、これは嫌な夢なんだろう。息苦しくて、空っぽで、暗闇が凍り付くような夢。

「……ハルト、オレが必ず元に戻してやるから」

「?兄さん?」

「いや、……夢は必ず覚めるって言ったんだ」

「……」

でもね、カイト兄さん。
人の悲鳴がこんなに頭に響く夢なんて、あるはずないよ。


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叫びの残響が途切れない
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