遅れハロウィン/気持ちW凌/パラレル





「おやおや。こんなに愉快な宴に迷い子が」

黒い燕尾服のその上に深いアザミ色のローブを羽織った男が俺の前で舞台で劇でも演じるかのような声で、首をかしげた。
ぱさりと頭まで覆っていたフードの部分がずり落ち、男の金と紅の髪が明るい月の下に露になる。
意味が分からない、と見上げる凌牙へ燕尾服の男は再度首をひねり、ややあってから何やら気付いたのか深く息を吐いた。

「お前本物の迷い子か」

「……何がだ」

「人間の子が迷い込むだなんて、食ってくれと言ってるようなモンだぞ」

「は?」

急に素の振る舞いに戻った男は呆れたとばかりに凌牙をその真っ赤な眸で射抜く。
片方に十字の傷跡をもつその両眼はぞっとするほどに美しくて恐ろしい。そんな色彩に、本能的に足が後ろに下がってしまう。この目は危険だと、脳内で警鐘が響く。

「気付かずに来てしまったみてぇだな」

「何処に」

「此処に、だ」

にやりと笑んだ男は凌牙の目の前へ片手を突き付け、鋭い爪を持つその指同士を掌に打ち付け軽くスナップをしてみせた。

「!」

パチン、と場違いなほど軽い音が耳に届いた途端、凌牙の周りには奇妙な騒音で溢れかえっていた。
聞き取れない言語や異国の楽器の外れた音が鳥の囀りの様に四方八方から聞こえてくる。周りを振り返れば己の頭を抱えた骸骨やら巨大な案山子やら首から上は黒い山山羊をしたモノが、男と凌牙の隣を幻のように通り過ぎて行くのさえ見えるようになっていた。開いた口が塞がらない。
まるで異形の一団の列の中にいるみたいに。否、実際凌牙はその中に迷い込んでしまったのだ。

こんな怪奇な光景を、凌牙は知らない。
確か、遅くなって部活を切り上げ家路についていたはずだったのだ。なのに何故おかしな事になってしまっているのか。

「悪魔の夜会に紛れ込んじまったんだよ。迷い込んだらそう巧くは帰れない」

「……そんな」

真面目な表情をした男から落とされる言葉に目の前が真っ暗になる。帰れない。その一言が重たく伸しかかってきた。
帰り方も判らない凌牙は、確かに男の言う通り迷い子だ。

うなだれ、絶望を映す凌牙の目に笑みを湛えた口元が映りこむ。

「だが、まあ、今日は人間の世はアレだしな」

ぽつりと何か言ったまま腕を組み、その赤い目は凌牙をじっと見つめる。パタパタと夜空から飛来してきた幾羽もの蝙が男の周りを忙しなく飛んで、何時の間にやら西洋人形が男の左右でクスクス笑っている風景は、矢張り男も人間ではないと認識するには十分な光景だった。

「一度だけ、チャンスをやろうか?」

ばっ、と両腕を広げ大袈裟な素振りで謳うように男は言葉を紡ぐ。どうする?という問いに無言で凌牙は頷いた。

「はは!そうじゃなくちゃおもしろくねェ!大丈夫だ。お前がツいていたら、帰れる問いだからな」

「それは、悪魔との取引ってやつなのか」

「いいや。そんなリスキーなものじゃないさ」

ユラユラとローブをはためかせながら、首を左右に振られる。金と紅の髪が妖しく揺れ、凌牙は無意識に唾を飲み込んだ。
男の傍らにいる人形達がウフフ、と薄く笑う。


「さあ、答えてご覧。――Trick or Treat?」

「は、あ?」

片方の眉を上げ、予想外の問い掛けに呆れを通り越して眩暈がした。
菓子をくれなければ悪戯をする。この場合、悪戯なんて可愛らしいものではなくて、命を取られるのだろう。それでももっと解けない問い掛けをされると身構えていたのだから、呆れてしまう。

「テメェが俺で遊びたいのはよくわかったぜ……ほら」

制服のポケットに入れていた黄色の小さな包みを男の掌へ落とす。疲れた部活終わりに、よく口にしている菓子だ。

「……ああ、惜しい。良い人形になると思ったんだが」

「……。御託はいいから俺を帰せよ」

包みを開き柑橘類の香りのする飴玉をコロリとくちに放りながら男は肩を竦めてみせる。
甘い、と呟き男はするりと羽織っていたローブを脱ぐ。覆っていた部分がなくなり、隙なく着こなされた燕尾服がより一層映えて見える。

「約束は約束だしな。これを着て目を閉じていろ」

頭からローブを被せられ視界が暗闇に染まる。視覚を遮断され、分かるのはおかしな雑踏と馴染まない空気。被せてきた本人の存在はすぐ目の前にいると、何故か直感していた。

「俺が三つ数えて指を鳴らす。そうしたらあっという間に元いた場所だ……わかったな?」

直ぐ真上から甘ったるく擽るかのような声が降ってくる。……この人外が人間の世界にいるのならさぞ女性に好かれるだろうな、と思いつつ降ってきた声に頷きを返した。

「ああ、言い忘れる所だった。そのローブは後で返却に取りに行くぜ」

「え、ふざけるな!」

「3ー2ー、1」

ケラケラと愉しげな笑いを残し、ぱちん、と鳴った音で不可思議な気配も音も空気も一瞬で消え去った。



「……信じられねぇ」

ローブを上げて見た視界は暗くなった路地裏。街灯の灯りが不規則に点滅している、何時もの帰路。
何事も無かったかのような気すらしたが、深いアザミ色のローブは今さっきの体験を嘘ではないと物語っていた。

それをそっと脱ぐと、嗅いだことのない上品な花のような香りがローブから零れる。取りに来る、と言っていたあの愉しそうな目を思い出し、凌牙は奇妙な夜の邂逅に今更ながら目を瞠ってしまった。


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