WDC後のもし凌牙が入院していたら





「……、……?」

夜風の音で、目が覚めた。
微かな薬品の臭いと馴れぬベッドの固さに中々深い眠りへ入れずにいた凌牙は、重たく感じる頭の隅でその夜風の吹いてくる方向へ考えを巡らせる。身体を起こす事が億劫で、多少のひやりとした温度で舞う風が横たえていたままの凌牙の頬を撫でていく。
外気の、澄んだ香りを纏う風は不思議と彼を安心させていった。

漸く浅からずとも寝付ける、と思っていた矢先の出来事だ。そして、段々と冴えてきた思考は、夜風を運んできた犯人を当たり前の様に探り当ててしまう。

コツリ。白いカーテンが揺れる中、固い靴音が窓際から撥ねた。

――ああ、当たりか。

予想通りの人の気配に、凌牙はゆるりと目を開く。縫った傷口の所為で起き上がる事は叶わなかったが。それでも目線は気配の方へじっと見上げ、口を開いた。

「おい。病人は寝てる時間帯だぜ、カイト」

そっと腕に刺さる点滴に注意しつつ窓際へ身体を向ける。
言葉を投げ掛けた先には、ばさばさと舞い上がる白いカーテン。それと丸く淡い光を注ぐ月を背負った、青年――天城カイトが居た。
白い微光に照らされる黒いコートに身を包むカイトの姿は場所が病院なだけに、どうにも良い存在には見れなくて思わず凌牙は呆れの混じる苦笑を洩らしてしまう。すると一文字に結んでいたカイトの口元が薄らと緩み。

「……起きていたんだな。病人は寝てる時間帯らしいが」

「寝付こうとしたらお前が侵入してきたんだよ。まあ、部屋番号を間違えなくてよかったんじゃねぇか?」

「見舞いにきた俺が部屋を違える筈がないだろう」

くすり、と得意気に口元を吊り上げるカイトへ、凌牙は自信だけは人一倍だよなとひっそり思った。鼻で笑い飛ばしてやりたかったが、時たまじくじくと痛む腹の傷口のお陰でそれは出来ず、コートを翻す金色を見上げるだけに留まる。

「俺が勝手に来ただけだ。無理に話さなくて構わない」

「……、」

「まだ傷口は痛むだろう」

コツリ。再度靴音が鳴ったと思えば、カイトが凌牙のベッドの直ぐ目の前、それこそ手がすぐに届く位置にまで傍に来てくれる。
そんなことない、と文句の一つでも言い投げてやりたかったが、全て読まれているのか生憎カイトの言葉は正論だった。
密かに痛みに眉を顰めた凌牙をカイトは見逃さなかったらしい。だが、この金糸が似合う青年には訊きたい事がいくつもあった。

「――お前の、弟は」

深く息を吸い、傷口を刺激しないよう注意を払いながら金色の青年の弟は大丈夫だったのかを問う。数日の入院の間気になっていた事柄の一つだったそれを訊けば、カイトは水晶玉に似た眸で瞠目した。まさか凌牙の口からそのように身内を心配されるとは思ってはいなかったらしい。

「――。ハルトなら、もう大丈夫だそうだ」

「そうか……よかったな」

「ああ。 凌牙、お前の力もあったから、ハルトは――いいや、俺たち家族はまた一緒にいられるようになれた」

近場にあった丸椅子を引き、それに腰掛けて穏やかな声音でカイトが言葉を紡ぐ。見上げた眸には、慈愛や優しさが映っていた。
それは凌牙が妹へ向ける目にそっくりで――そんな眸をするカイトに心底安堵した。

「大切にしろよ」

無意識に唇から零れた安心感を含んだ声に、凌牙本人が目を丸くしてしまう。

は、とした時には既に遅く。椅子に腰掛けたカイトが一瞬瞳を瞬いたかと思えば、驚く程甘やかな音程で「りょうが、」と言い凌牙の濃い藤色の髪を撫でるように梳いてくる。
白い指先がすっ、と凌牙の頬にかかる髪を直し、そのまま頬へと指を添えた。

「言われずとも、そのつもりだ」

穏やかに、揺るがない決意を込めた声でカイトは言う。フ、と綺麗に口角を上げる仕草がとても似合う。

その言葉に凌牙の口元も弧を描くと、カイトも目を細めながら凌牙の頬へ触れていた指先を彼の唇へとずらす。そうして薄桃の唇をなぞると、「カイト?」と不思議そうな顔をする凌牙がカイトの目に映った。

「さっさと怪我を治せ」

「あ、ああ。……?」

「痛むなら、よく眠れるようにしてやろうか」

「出来るのかっての、」

怪訝な顔でカイトを見上げる凌牙に頷きを返すと、かたん、と椅子から腰を浮かせ片手の掌で凌牙の両目を静かに隠した。

「――っな、に」

「目を、」

突然の事に困惑する彼をよそに、カイトは落ち着く音程で凌牙の両目を塞いだまま言葉を続ける。

「目を閉じて、何も考えないでいてみろ」

そうカイトが指示をすると、次第に凌牙の困惑も収まってくる。空いた片手で更にとんとん、と胸元より下辺りをあやすように一定感覚のリズムで叩いてくるのだから尚更、穏やかに睡魔がやってきた。
心地の良い体温も相まって、段々と凌牙の思考は深い眠りへ落ちていく。

「かい、と……」

「ああ。寝るまで、いてやる」



静かな凌牙の寝息が聞こえた頃。
カイトは眠る彼のこめかみ辺りの髪を退け。

「おやすみ」

さらりと髪をよけられたこめかみへ、カイトは音もなく温かなぬくもりを降らせる。それから、寝間着の間から覗く白い鎖骨の直ぐ下辺りにも、そのぬくもりをぽつんと一ヶ所だけ残した。

ほんの微かなリップ音と共にじわりと熱い熱は引いていくが、そのことに眠る凌牙は気付かないだろう。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -