学生パラレル






学生の内に体感する夏など、シャボン玉が浮かんでから割れるまでくらいの本当に短いものなのだろう。だというのに、学生生活真っ只中で感じている夏はうんざりするほど長く、ずっと続くかのような錯覚に陥る。
だが、それは本当に錯覚で。

7月のカレンダーを見て熱帯夜が続くのかなどとげんなりし、8月になれば長期休暇と題する夏休みに時間を取られていく。
第三者がこれらを聞けば、その思考回路が勿体ないと言うのかもしれない。7月に入れば夏休みが近いと楽しくなる、8月に入れば友人といつもより長く遊べるじゃないか、と。
確かにそれは一理あるのだろう。否、受験勉強と遠い二学年ともなればそんな思考でも当たり前なのかもしれないし、その方が有意義な楽しみ方が出来るだろう。
しかしそういった第三者が提示しそうな考えはどうにも出来ない性分らしい。

まあ、思考の違いはあまり関係はなさそうだが、夏の受け取り方という点ではまったく持ってその通りだ。そう思うのだが、思っている内に夏は流星のように過ぎていってしまうのだから考えを改めることも出来ない。
吹き付ける風は熱風に近くて気温も高い癖に、幾らうんざりしていても衣替えだと学校側から通告がくれば、「ああ、夏がまた終わるのか」などと名残惜しく思うのだ。


前述が長過ぎるがつまり、カイトは夏が嫌いではなかった。


暑さを知らないらしい蝉が鳴いている雑木林の脇を自転車で走り抜ける時も、さわさわと涼しげな音を鳴らしその中をヒグラシの音色が混ざる竹林の坂を緩やかにタイヤを転がす時も。
田畑の畦道に咲き誇る黄色く大きな大輪の花の列に、思いの外育ちが良すぎて蔓が家の屋根まで伝い上がりそうな朝顔の蕾や花弁を見ながらペダルを漕ぐ速度を落とす時も。
冷たい風を纏い低いゴロゴロと音を響かせ空を覆う入道雲。
やがてそれから酷い音を立て幾つもの水滴が降り注ぐ夕立から、ぎりぎりで校舎に辿り着けた今も。
嫌だとは思わなかった。

どれもこの夏でしか見られない景色だろう、と低く唸る鈍色の空を見上げる。
しっとりとした風と含まれた雨粒が、なんとか滑り込めた自転車置き場の中を吹き抜けていく。ここまで来られたはいいが、置き場から出ればにわか雨の餌食になってしまうだろう。

――ここで暫らく待つか。

殆ど雨に打たれずに来たのだから、ずぶ濡れになるのは惜しい。学校へ来る用と言っても課題に使った図書を返却するだけだ。急ぐものでもない。

そんな事を考えていた時だ。ふと、視界に鮮明な色彩が映り込んできた。

「何自転車で来てんだよ」

「……神代?」

ぱつ、ぱつ、と雫が地面に落ちる音にカイトは目を丸くする。雨音に消されすっかり気付かなかったが、わざわざ凌牙が昇降口から傘をさしカイトの居る駐輪場まできてくれたらしい。
何故夏期休暇なのに彼がいるのか、余程不思議そうに見つめてしまったらしく凌牙は視線を彷徨わせてから稍あって「図書室が開放されてるから、……自主勉に来てんだよ」と唇を突き出しそうな口調で答えた。

「確かに図書室からここは見えるしな」

「窓際にいたからな。――そんな事はいい、傘入るのか入らねぇのか」

「ん?俺を迎えに来てくれたんだろう」

「だから、早く行くっつってんだ!」

傘を揺らし凌牙が目元を赤く色付かせる。からかわれた自覚はあるのだろう、怒り気味だ。
ふ、と一笑し、カイトは鞄を肩から掛けると凌牙から傘を奪い行くぞと言い彼の方に僅かに傘を傾ける。

「傘は俺が、」

「いや、いい。俺がさしてやる」

「……、わかった」

二人入り小走りに昇降口まで逃げた。傘を立て掛ける凌牙を待ちながら、雨の匂いに誘われるように外の景色を見上げる。

雨が煙っていた。そろそろこのにわか雨も止んでしまうだろうが、矢張り雨粒が降り注ぐ所為で景色は霞んで見えてしまう。
鮮やかさや騒々しさがあった世界が一変したかの如く、雨水が打ち付ける音しかしない。そんな考えに突き当たった、が。

「おい、カイト……?図書室、行くんだろ」

「……、ああ。そうだったな」

名前を呼ばれ振り向けば、凛とした群青がそこに居た。ほう、と無意識に安堵の吐息が洩れる。

彼の存在はきっと、鮮明な色をした景色の中でも霞みもしないし、短い夏を美しく魅せてくれるのだろう。

「神代はまだ勉強していくのか?」

「そう、だな。あと一時間くらいはやっていくぜ」

「なら、雨が止むまで俺も勉強していく。――たまには二人で帰るのも悪くはないだろう、凌牙」

「お前は、不意討ちで、そう……!もういい、さっさと行くからな!」

「フ、珍しく取り乱したな」


夏が終われば冬が近づく。一年なんてあっという間だ。
だからこそ、来年の夏もその先も、この一瞬を名残惜しく感じさせてくれる存在である凌牙と一緒にいたいと思う。
いつか、どこかの季節で、彼が己の手を取ってくれることをカイトは切に願った。



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夏の一瞬に世界を変えるような恋をしているカイトさん
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