施設時代捏造/八雲の口調手探り/仄かに本誌ネタバレ





一時間程前まで賑やかに聞こえていた幼い子供達のはしゃぐ声はすっかり鳴りを潜めていた。幾つか離れた部屋から施設職員の絵本の読み聞かせが聞こえてくる。話に夢中になってしまえばあっという間に子供は眠りに落ちていく。時折、夜泣きをする声が響いたりするが不安や寂しさ、そういう感情を携えて皆朝を迎える為に必死なのかもしれない。

読み聞かせる声が途切れると、決まって凌牙は部屋の照明を落とした。
最年長者である凌牙ともう一人の少年には一人部屋が与えられおり、幼い子供達より遅くまで灯りを点けていても何も言われないが何となく習慣で消してしまう。
パチン、とスイッチを落とすと部屋は真っ暗になるが、暫らくして目が暗闇に慣れると穏やかな静寂が訪れた。

カーテンからは青白い光がぼんやりと差し込んでいる。満月なのかそれに近いのか、仄かに明るい月の光量を頼りに凌牙はデッキのカードを広げた。テキストまでは読めないが、絵柄で判別出来る為支障はない。
まだ改良の余地がある自分のデッキを一枚一枚眺めていると、控え目にドアをノックする音が三回聞こえた。

「……またか」

小さく呟き、カードをデッキに戻すと渋々といった顔でドアを引く。リズムがある三回ノックは彼だけしかしない事を凌牙は知っている。
そこには案の定、眉を八の字にして笑う凌牙と同じ年くらいの少年の姿があった。

「八雲」

「あー……、こんばんは?」

八雲、と呼ばれた少年は困ったように頬を掻き視線を泳がせている。そんな八雲の姿に凌牙は一段と深い溜め息を吐いた。

八雲興司。凌牙と同じ施設内の最年長者であり、優しく、強い腕をもつデュエリスト。その好かれやすい性格と大会で勝ち残れるデュエルの腕はこの施設の――否、凌牙の希望そのものだった。

その彼が今晩も皆が寝静まった頃にひっそりと凌牙の部屋を訪ねてきた。職員に見つかれば説教の一つくらい飛んでくるだろうが、そこは八雲が抜かりないのか怒られた事はない。
訪ねてきた理由は解りきっているけれど凌牙からは敢えて何も言わずに、じっと見つめ返す。すると八雲は小さく息を詰め、ややあって観念したように笑った。

「また皆にベッド占領されちゃったんだけど、さ」

「……お前は優し過ぎるんだよ」

いつもと同じ理由に眉間を押さえながら凌牙は静かにドアを開き、八雲を招き入れる。子供達に好かれているのもあり、八雲の一人部屋は人肌が恋しいとやってくる子らの拠り所と化していた。兄のような存在に安心し、訪ねた子供は直ぐに八雲のベッドに身を寄せ合い眠ってしまうが、残された八雲自身はと言えば、こうして凌牙の部屋へ申し訳なさそうに寝床確保をしにくる。

「凌牙がいてくれて本当に助かる」

「それは寝床的な意味で、だろ」

「違う違う!」

「ハァ」

デッキを片付けている内に、八雲がもそもそと凌牙のベッドに潜り他愛ない会話が繰り返される。机の抽き出しの中にデッキをしまい振り返れば、八雲がベッドの空きスペースを作り早く入って来いと手を招き催促していた。

まったく、と肩をすくめ折れるのは何時だって凌牙だ。八雲が空けた分のスペースに身体を沈ませると横から上掛け布団が被せられた。そしてぽんぽんと頭をあやすかの様に軽く叩かれる。

「ボクから見れば凌牙の方が優し過ぎると思ってるけど」

「なんだそれ、訳分かんねェ」

「そうやってボクを拒まない所、……優しいよな」

「……八雲?」

不意に八雲の声が小さくなった。彼の方に顔を向けると月の微光を綺麗に反射する優しい瞳と視線が絡んだ。
やぐも、と口を開き出かけた凌牙の声は、音になる事なく消える。

「ん、――」

優しい瞳に吸い込まれるかのように釘付けになり、あっ、と思えた時には既に唇に八雲の体温を感じた。凌牙よりひやりとした薄い感触。ほんの数秒で八雲の温度は離れていく。


「おやすみのキス――嫌、だった?」

「いや、そんなんじゃない……び、っくりはしたが、」

一瞬の事にぽかんとしてしまったが、嫌だとは感じなかった。八雲だから、と自然と受け止めていた自分に内心驚く。
嫌ではないとそう凌牙が言えば、今度はキスを仕掛けた八雲が慌てていた。常に明るく柔らかな雰囲気を持つ彼が珍しく取り乱していておかしく思え、つい口元が弛んでしまう。

「凌、牙」

「お前からやらかしといて、今更慌てるなんて変な奴だよ――ほら、キスしたしいいからもう寝れるだろ?」

薄い微笑みと同時に問い掛けられた八雲は僅かに逡巡した後、酷く幸せそうに頷いてみせた。

「おやすみ、凌牙」

「おやすみ、八雲」



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