逃避行したくなったWとそれに付き合う凌牙/パラレル




どこか遠くへ行こう。
そう言って訪ねて来たかと思えばWは有無を言わせぬまま俺の手を引いた。

本当に唐突だった。事前にあったのは十分前に来た『今からそっちに行く』という短いメール一文だけ。俺が首を捻っている内に奴はやってきて、そして眼を白黒させる俺を連れ出した。

自宅の鍵と、携帯と財布、それとデッキ。たったそれだけを何とか持ち出しつつ、家を出て。どうするのかと横目でWを見ると困ったように眉を下げられた。
そんなWの表情にどう言葉をかければ良いのか分からないまま、俺は握られた手をきゅ、と握り返した。
仕方ないから付き合ってやるよ、という想いを込めながら。



「……悪いな凌牙。俺の我が儘に巻き込んで」

カタタン、カタタン。電車の揺れる音が一定の間隔で耳に届いていた。
駅で特急券を買い終点まで乗ると、そこからは各駅停車の列車へと変わる。
W以外行き先も知らない、そんな可笑しな旅に不思議な思いを抱いていると、揺れる音に混じりWの声が隣から降りてきた。

「別に構わねぇよ」

沢山のビルが群生していた出発点から、随分離れたのだろう。たった三両ほどが連結された電車に揺られ、申し訳なさそうに謝られた声に緩く頭を振った。振り回されるのには慣れているのもあるが、何よりもWに連れ出されただけで謝られるという事自体が気に食わない。

「Wに着いていくか、選択をしたのは俺だぜ」

「……だが、連れ出したのは、」

「俺自身が良いって言ってんだから気にするなよ」

それに旅費はW持ちだろ?と付け加えると漸く吹っ切れたのか、Wの隠すような笑いがくつくつと聞こえてくる。

穏やかに田園風景が流れる窓の外に目を遣りながら、欠伸をこぼす。自室でもないのに、Wと二人きりの空間になると途端に肩の力が抜けてしまう。おまけに全く人気のない昼下がりの車内だから尚更だ。

「凌牙、眠くなってきたか?」

「いや。気が抜けてきた。……なあ、W」

「ん?」

「遠くへ、ってお前は何処まで行きたいんだ?」

車窓の外を悠々と飛ぶ水鳥を目で追いながら問うと、Wが小さく唸る声がした。
本人も分かっていないらしく、横を向けば眉間に皺まで寄せて考え込んでいる。

プロデュエリストとして名声を博している優雅な美青年という外面では決して見せない表情。ほぼ貸し切り状態の車両内だが、部屋以外でWの自然な表情を見るのは新鮮だった。

「そんな悩むなら素直に決めていないって言っちまえよ」

「く……っ」

「俺は旅館で和食が食えればそれでいいしな」

「……それだと泊まりになる、が」

「そうに決まってんだろ」

今更帰っても真夜中だろ、という意味を含め頷く。
遠くへ行こうと言ったのはWなのだから、宿泊くらいは薄らと頭にあったのだろう。後何駅先で下車して、などと呟くと携帯で宿の予約を速やかに取りだした。
降りたら連絡を入れるらしい。オフシーズンなのもあるが、人気のプロデュエリストというファイナルウェポンを装備しているWだろうから宿はすぐ取れるだろう。


「……Wと俺。二人旅だな」

「嫌だったのか?」

「どうだろうな」

駅に着くまでの残り僅かな時間。カタタンと揺られながら、上体をゆっくりとWの方へと傾ける。肩に寄り掛かってしまえば、微かに笑ったWが俺の頭をするりと抱き寄せてきた。

素直じゃないとWの口元が動いたが、それはWもだろう。疲れたのならば遠回しに連れ出さなくとも、付き合ってやれるのだ。
好きだと囁く事は上手いのに、甘えるのは俺よりも下手で。――そんなコイツとの二人きりの唐突な旅行は存外楽しく思えた。




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