大学生カイト×中学生凌牙/家庭教師





かさり、と紙が擦れ合い忙しなく文字を書く音が続いている。カイトは手元の腕時計へちらりと眼を遣り、腕を組み直す。
先程から熱心にペンを動かしている後ろ姿を見つめながら、秒針が天辺を差すのを待つ。

「凌牙。あと一分だ」

「、ああ」

制限時間を告げると、カイトに背を向け問題を解いている凌牙から一拍置いて投げ遣りな相槌が聞こえ、ペンを動かす音が早くなった。

カイトは口元に笑みを形取り、自身が家庭教師として教科を教えている生徒の後ろ姿を愉しげに眺める。

可愛らしい教え子だが、初対面は警戒心が人一倍強く懐かない子供だった。指示した問題は丁寧に解くが、プライベートな事には頑固としてカイトを介入させなかった。……まあ、それは初めだけで、共通の趣味であったデュエルで負かしてからは、ぽつりぽつりと勉強以外の話もしてくれるようになったのだが。
お互いの距離が随分と縮まってからは、凌牙のどこか怖がりな性格や意地を張ってしまう所も分かってくる。そうなると、可愛らしく見えて仕方なくなるのだ。この少年の家庭教師を降りなくて本当に良かったと心の底から思えてくるくらいに。


腕時計を見ると秒針が丁度半分を切る。計算式で手間取っているのか、文字を書く音は止まない。

「……」

ふと、見上げた視線が凌牙の背中に当たる。彼の部屋着なのだろう、ラフなTシャツにジーパン姿。紺色のシャツからは陽に焼けていない、カイトから見れば幼い両腕がのびていて、細さも大学生と中学生とでは全く違う。

――違う癖に、彼は、凌牙には、妙に色気がある。

そこで、カチリ、と長針が動いた。胸ポケットに挿したままにしていた眼鏡を取り出し掛け直して凌牙、と名前を投げ掛ける。

「終了。そこまで」

「……ん」

「フ、難しい顔をしてるな? 少し待っていろ、すぐ採点してやるから」

「……難しい顔なんてしてねぇ」

ぼやく凌牙の隣へ椅子を寄せ、眼鏡の縁を調整しつつ今の今まで問題を解いていた卓上でカイトは赤のサインペンを取出し細かく採点を始める。キュル、と音をならすペン先に凌牙の視線が集中している。
じっと採点を見詰める目が、細やかに動く玩具を見ている猫に似ていて無性に撫でてやりたくなってしまう。

「……ここの公式はあっているが、途中に計算間違いがあったから答えが違ってる」

「あー……符号間違い、か?」

「そうだ。ケアレスミスには気を付けろ。 ん、他は出来てるな。――上出来だ」

肩が当たるくらいの距離できゅ、きゅ、とプリントに丸を付けていくと、隣から微かに安堵するような吐息が聞こえた。
急いで解いていたから心配だったのか、横目で窺った凌牙は丸の付けられたプリントを小さく微笑みながら眺めていた。


真横から見るとより一層、彼の絹肌が艶めかしく映ってしまう。曝された首元から時折覗く項に、大きな丸い眸、淡く色が乗る唇。
正直言ってしまえば、凌牙が誘えばカイトは手を出さないでいられる自信がない。簡単に発達途中のその躯を絡め取り、ベッドに押し倒してしまうだろう。相手が五歳以上年下で尚且つ、未成年だとしても止められないに決まっている。

無意識の凌牙の色香に辟易としてしまう。

「――、取り敢えず今週の試験はこのプリントの範囲だろう。出来ているからといってデュエルにばかり没頭しても復習は怠るなよ凌牙」

「それはこの前もカイトの口から聞いたし十分分かってる」

「またお前は……カイトじゃなくて、先生、だ」

「……カイト、せんせい」

「……」

言ってから、凌牙は酷く狼狽えた表情になり頬を赤らめカイトから目を逸らした。長い睫毛がふるりと震え、羞恥に動揺しているのは明らかで。
カイトは無言で眼鏡のブリッジをあげた。

――ハルトすまない。兄さんは年下の教え子に手を出してしまいそうだ。

内心何事にも穏やかに対応してくれる弟に謝罪をしなくてはいけない気になる。
大学内では女学生に良く好意を寄せられているカイトだが、その当の本人は自分の教え子が、意中の人物になってしまっていた。




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