最近、ろくに睡眠が取れず倦怠感と不快さを混ぜた苛立ちが重く身体にのしかかってくる。
気持ちが悪い。身体の節々がそう伝えてくるのを脂汗と一緒に拭い去り、神代は誰にも体調不調を告げずに教室を抜け出た。授業中の廊下はひっそりとしていて、太陽の光が眩しく射し込んでいる。階段を下りまた長い廊下を進むと、ふと足を止めた。
一室から賑やかな生徒の笑い声が洩れてくる。流し目で見遣れば声の中心にいるのは明るく何やら教卓に向かい話しかける九十九遊馬。ころりころりと遊馬の表情が変わり彼の周りは楽しげだ。

『明るい』とは、きっと九十九遊馬の様な人間を指すのだろう――と神代は賑わう光景をうっすらと両目に映した。こんな考えをするなんて下らないと否定する自身は、体調が芳しくない所為か鳴りを潜めてしまっている。
嘲笑程度に視界に入れる筈が、足は止まりどこか遠い場所でも見ている眼差しで彼らを眺めていた。しかし、ふつりと遊馬の口が閉ざされたかと思えば、天真爛漫な眸が神代とかち合った。

「!」

はっ、としたのはどちらも同じだったが、神代は遊馬が何か口を開く前に早足でその場を逃れる。ポケットに手を突っ込む余裕もなく、医務室へ駆けていく。……きりきりと胸の不快感が競りあがってくるのを感じながら。


ドアを開けた医務室には教師一時不在の紙が入室した直ぐの卓上に貼りつけてあった。
それに一瞥し、カーテンを乱暴に引っ掴むと窓際に面したベッドスペースを遮断するように引いて、硬いベッドの中へ潜り込む。上がった息を整えて目を閉じると倦怠感がずるりと眠りの淵へ誘った。
何故こんなにも息苦しいのか、後味の悪さばかりが胸に支える。

*

意識の外で聞こえた終業を告げる鐘の音が強制的に神代を睡眠から引き上げていく。どうやら丸々午後の授業をエスケープしていたらしい。

「……?」

随分と軽くなった身体を起こすと、窓際の薄いカーテンがゆらゆら揺れている。誰かが風通しを良くするように窓を開けたらしく、心地の良い風が其処からそよいでいた。怪訝に思いながらもベッドから降り、辺りを見渡したが医務室には相変わらず人の気配は無い。
……無い、が。

「……あの馬鹿」

事務机の上に置かれている『保健室利用者記録』の紙にはぶっきらぼうな筆跡で、利用者神代凌牙、付き添い人九十九遊馬と書き加えられていた。神代が書き込む気さえしなかったこの用紙に、律儀に書いて行ったのは十中八九付き添い人を偽った遊馬自身なのは明らかだろう。これに記帳しておけば午後の授業をどうしたのかと教師に逐一問い詰められる事もない。
一体何時来たのか全く気付かなかったが、遊馬がここに来たのは確かなようだ。しかし不思議と悪い気はしない。

「下っ手くそな字だな」

おもわず、小さな笑みが洩れた。



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