パラレル/ただのいちゃいちゃ/幸せシリーズ





背後からぱたぱたとスリッパの音がする。忙しなく動いている足音からしてやらなければならない事が立て込んでいるのだろう。多少は焦っているみたいだが、彼はそれらを順にてきぱき片付けていくのだから、他者からしてみたらよく出来た人間だ。
聞こえる音に耳を澄ませそんな事に考えを巡らせていると口端からフ、と笑いが洩れた。読んでいた文庫本から目を離し後ろを振り向けば、カイトの予想通りダイニングキッチンでコンロを全て使っている姿が目に映る。

「手が足りないなら手伝ってやるぞ、凌牙」

パチン、と二人の目が合ったのは一瞬で目線は直ぐに逸らされてしまう。野菜を刻む小気味いい音をたてながら凌牙は澄まし顔で調理の工程をこなしていく。

「必要ねぇ。大人しく続きでも読んでろよ」

「読み終わった」

「嘘つけ」

手伝いを却下され文庫本を続けて読む気にもならない、と手持ちぶさたになったカイトは凌牙の調理姿をゆったり眺めはじめた。
見られる側の凌牙は一度カイトを睨み付けたのだが、そう簡単に退いてくれる相手ではないと悟り少しばかりぎこちなく料理を作り進める。

「今夜の夕食は何だ?」

「あ?あー……肉じゃが」

「何だシチューかと思ったんだが違ったか」

「牛乳買い忘れた代わりにしらたき買ってきたって言ったのカイトだろうが」

カイトに背を向け火を調整する背中が初々しい新妻のように見えるのは果たして気のせいか。否、例えそれがカイトの都合のいい幻覚だとしても、後ろで髪を一括りに結った今の凌牙の姿は色気を含んでいると、間違いなく断言できる。
動くたびに髪の間から時折のぞく項に口付け、吸血鬼でもないのに噛み跡を残したくなる欲求を、カイトはただひたすらに夕食後まで抑えて置かなければならない。おそらくこのお預けの時間は拷問のカテゴリーに入るのだろう。

「そうだったか」

「そうだった」

単調な問答に逐一返事を返してくれる辺り、凌牙の機嫌は良いようだ。他愛のない返答に嬉しく思えるのはハルトに対してだけだと暫く前まで思っていたが、その対象にここ数か月で彼が加わっていた。
まったくの予想外だが、矢張り嬉しいものは嬉しい。

「ハルト、明日帰って来るんだったか」

「ああ。昨日は遊馬の所に2泊なのに、やけに楽しみにしていただろう」

「遊馬はガキと一緒にはしゃぐからな……遊馬の精神年齢が近いと感じたんだろハルトは。まあ、アイツもアイツで面倒見が良い時もあるしハルトは心配ないだろ」

「お前も十分に面倒見がいいだろう。現にわざわざこうして食事を作りに来る辺りがな」

カチ、とコンロの一つの火を消す音と言い終わるのがほぼ同時だった。味噌汁の入った鍋が白い湯気をたてている。
ニヤリと口元が弧を描くカイトへ呆れを含んだ視線が飛んできたが気には止めない。

「頼まれなければ来ないぜ?それに、俺が来ないと三食インスタントで済ますお前が言えた台詞じゃねぇだろ」

「凝った料理は何故だか手順を間違えるから仕方ない」

「だからハルトが俺に泣き付くんだ」

「ハルトが居ない日にもこうして来てくれるくせに?」

「……」

カイトがくつくつ喉で笑えば、凌牙はふい、と背を向けてしまった。
付き合いきれない、と呟いていたがそのしなやかな後ろ姿からは甘酸っぱい恥じらいが見て取れる。お陰で凌牙を見つめているカイトはより一層笑みを深めてしまう。

「夕食が楽しみだ」

「……チッ」

舌打ち一つ、けれども料理をする手は止めない。
なるほど、素直じゃない。もう自惚れていいのだろう。

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