ちぐはぐなワルツ前の人形凌牙/Wサイド/出会い




ひとつの過去の話だ。
ソレの存在を知ったのは、とあるデュエル大会の主催者が催した立食パーティーの話題でだった。


刺激の欠けたつまらない内容ばかりだと上辺の笑顔で流していた俺の心境を感じ取ったのか、物静かな雰囲気をした年配の男がソレの話をそっと耳打ちしてきたのだ。

――人形に限りなく近い人間がいる。感情が空でまるで精巧過ぎるビスクドールの様な。そして、驚く程に美しい。
――ソレに、君は興味がないか。

禁忌的な事を話す男の言葉は静かに俺の興味を揺り起こす。手にしていた洋酒を一口流し入れ、俺は低く笑った。

「いいですね。……中々魅力的で」

空になったグラスを通りかかった給仕に渡すと、それを眺めた男は着いて来いと目で合図を送ってくる。適当な用件を並べ、そっと会場を出ると運転手が男の乗った車の前で待機していた。
話は嘘ではないようだ。
男が伝えた住所は彼の別宅だった。案内されるままに階段を上り最奥の部屋の前に立つ。そこで男が目を糸のように細め、会場を出てから初めて口を開く。

もし、欲しくなったらいいなさい、と。

扉が開いた。


「――っ!」

ひゅっ、と息を呑む。クローゼットもベッドも何も置いてないがらんとした室内の中心、唯一ある猫足のチェア。そこへ静かに腰掛けている、恐ろしいくらいの無表情な美貌を晒す一体の少女。
俺は目を奪われていた。昏く虚ろな眸は何も映していない。ただ床を見ているだけ。滑らかそうな肌はシャンデリアの灯りの下、艶めかしく映えている。
……ソレの瞳に俺の姿を映したいと思った。白い肌の体温に触れたいと感じた。
嗚呼、欲しい。この人形を俺のモノに!

喉が渇くのに似た欲望に足の先まで覆い尽くされる。触れたいと何処かが叫ぶが、まだ俺のモノではない、他人に所有されている人形に触れると考えた途端、嫉妬で狂いそうになる。
僅かに浅くなった呼吸を整え、人形に背を向けドアノブに手を掛けた。ちらりと振り返り人形を見る。白皙の少女は何処か寂しげに見えた。

男は出てすぐの壁ぎわに佇んでいた。扉を開け、思考をフル回転させる。これからあの名も知らぬ男に交渉を持ちかけなければならない。

「どうしたらアレを俺のモノにできる」

気に入ったのか、と男は皺の寄った口元をゆるりと上げる。

「――ああ、気に入った。酷く、アレが欲しい。金が必要ならば出来うる限り出す」

こくりと頷き俺はファイトマネーやらで貯えた口座の金額を頭の端で弾き出そうとしたが、男は無感動な声でいらないと首を振った。

「金じゃ払えねぇって事か?」

「――いいえ。金銭はいりませんよ。貴方は彼女を欲した。その目は貪欲に焦がれる目、凌牙を大切にしてくださるならば私なんぞより貴方が適任でしょう」

「りょう、が?」

「人形の名前ですよ。私が裏競買で手に入れた時既にそう呼ばれていました」

しかし競り落としたはいいが、彼女を愛でるには些か年を取り過ぎてしまっていた。目尻に刻まれた皺を撫でながら男は感情を見せない声音でそう続ける。

「なら俺に凌牙を愛させろ。いや、俺が持ってるのはそんな軽い感情じゃないが」

もっと渦を巻く黒いモノだ。獲物に牙をたてる肉食獣だとでも言えばいいだろうか。
そんな俺の心中を理解しているだろう男は扉を開く事で肯定の意を示した。

「貴方なら気に入ると思った私の目に狂いはなかった。――彼女を連れて行ってあげてください」

所有者が男から俺に変わった瞬間だった。

もう一度見た人形はやはり精練された美しさを醸し出している。今度こそ、触れる事が叶うと思えただけで胸が歓喜した。
伸ばした指先は頬をつ、と一度撫でる。触れた肌は確かに人間の温度をしていた。

「凌牙」

髪を撫で、酷く優しさを孕んだ声音で囁く。まさか此れ程までに愛しく思える存在が家族以外にいるとは、今更ながら驚きだった。

「今日から俺が、俺の存在が、お前の全てだからな」

それは、睦言に似た凌牙を縛る言葉。



その日から凌牙は俺の手元に居る。俺の家族にも何だかんだで気に入られているようだ。凌牙を譲った男は、母国へ帰ったと聞いた。
迎え入れてからいくつも凌牙の人形の面と、少ない人間の面を見たが俺の感情は変わることはない。ソレが、凌牙が、底なしに愛しかった。



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