シンクロ召喚がゼアルの世界に無いと仮定しての話
「わ、有り難う!」
「いや、……」
ホットコーヒーを渡せば、ぱああと花が咲くような笑顔で礼を言われ、凌牙は後に言葉が続けられなかった。毒気が抜かれるとかまさに今の現状をさすんじゃないだろうか。
遡るは一時間ほど前。
遊馬にデュエルの相手を付き合わされ、詰めが甘い戦略が拙いと遠慮なく指摘を飛ばして精神的に疲労した凌牙が家の戸を開いたその時。
ずどんがたん、と目の前に大きな塊が2つ、降ってきた。
突然の事態に身体が固まってしまう。強盗か……!と恐怖が背筋を駆け抜けたが、聞こえてきたのは痛い、と泣きそうな声音と低い呻き声だった。
「飲み物まで……すまないな」
「!」
毒気を抜かれていた凌牙が背後から掛けられた声に振り向けば、意志の強い眸とかち合う。数分ほど外の様子を見に出ていた、降ってきた塊の一人である不動遊星が立っていた。
「あ、遊星。どうだった?」
「ブルーノ……。……まったく知らない場所だ。ここは、ネオドミノシティじゃないだろう」
平淡と述べるが、頭を振る不動遊星からは困惑と焦燥が見て取れる。凌牙は、力なく椅子に腰掛けた彼へ温めた牛乳の入ったマグカップを置いてやる。彼なりの不器用な慰めだった。
上記の会話から分かるように降ってきた塊もとい、ブルーノと不動遊星と名乗った二人の青年はこの町を知らず聞いたこともないらしい。寧ろこの世界すら把握していなかった。
話を聞いた限り二人の状況を簡単に言い換えればタイムトリップ、異世界へ来てしまった、そんな所だろう。
「ありがとう。君……いや、凌牙、色々と訊いてもいいだろうか?」
「俺に、答えられる範囲なら」
「ゴメンね、混乱させちゃって」
「手間を掛ける……、早速だがこの町の名前は何と言うんだろうか?」
「ハートランドシティ。アンタは今外を見てきたから分かると思うが、町の中心にあるハートを模した高い塔がシンボルで、その下は遊園地になってる」
遊園地?と首を傾げるブルーノ。娯楽施設があるのか、と目を細める不動遊星。二人は違う反応を返す。
コクリと凌牙自身もコーヒーを口にして、ああ、と頷く。違う反応だが、どちらも矢張りこの町を知らない様だ。
「デュエルレーンも無ければモーメントも無いんだね。治安維持局もないみたいだし、うーん」
「デュエルレーン……?」
ブルーノが零した言葉にひくりと身体が動く。初めて聞いた単語だが、非常に興味をそそられる。目を瞬かせる凌牙に不動遊星はくすりと笑い返した。
「聞いたことは無いみたいだな。デュエルレーンと言うのはライディングデュエル……Dホイールというバイクに乗り行うデュエルなんだが、それ専用の道の事だ。俺達の世界だとポピュラーなモノなんだが……そうか、知らないか」
「ライディングデュエル……」
反芻する凌牙におや、と目を丸くし、興味でもあるのだろうかと不動遊星は思案する。
「まあ、ボク達がこっちに来る直前までは普通にデッキ確認のスタンディンクデュエルしていたんだけどね」
「は、待て。アンタ達、デュエリストなのか!?」
「え!君も?」
「凌牙、デュエルが出来るのか?」
当たり前だ、こっちは決勝戦まで勝ち上がった腕があると言いたかったが苦く嫌な人間の顔が浮かんだので、得意だ、と言うだけにとどまった。
しかし頷く凌牙に向けられたのは二組のきらきらと輝く眸。
「凌牙!とりあえずデュエルしようよ!」
「いや。先に今の現状確認しろよ、ブルーノと不動……さん」
「フッ、遊星と呼び捨てで構わない。違う世界のデュエルか……確かに楽しそうだ」
どうやら生粋のデュエリストが降ってきたようだ。自らのデッキを卓上に出し、さっきの落ち込み様はどこへやら、遊星とブルーノが生き生きとこちらを見ていた。
シンクロとエクシーズできゃっきゃし始める一分前。