Vと人形と呼ばれる凌牙♀





兄さまは素敵な人形を持っている。その人形を兄さまは心底愛しく想い、大切にしているのを僕は知っていた。家族以外には、露ほども興味のないと冷たい目をするW兄さまだけど、人形だけには僕達家族に向ける優しさと同じ色を帯びた眼差しを向けていた。
――そんな兄さまのお気に入りの人形は、兄さまのお部屋に『いる』。
何時からか、切っ掛けさえよく思い出せないが、兄さまが外出し家に居ない時、僕はこっそりと兄さまがいとおしむ人形に会いにいくようになっていた。人形に会いにいく理由はよくわからない。ただただいとおしい。兄さまがそう思っているように。


ひたひたと靴音を殺すように静かにW兄さまのお部屋の前に立つ。ごめんなさいとこの場にいないW兄さまに小さく謝り黄金色のドアノブをキイ、と引くと真っ白なソファが目に入った。微かに開かれた窓から風が流れ込み薄いカーテンを揺らしている。穏やかな陽の光は白地のソファに反射してまばゆい。

嗚呼、きれいだ。ほう、とため息が洩れた。――目を細めた先、ソファの上にやわらかく座っている存在に、僕は声にならない感歎の吐息をこぼす。

「凌牙」

凌牙。それは兄さまが愛する人形の名前。
アイリスの花弁に似た高貴な色の髪と瞳。僕と同じ位の身長だけれど、すっとした陶磁器の如く白い体躯。その白さを覆い隠すように、今日の凌牙は烏羽色で統一された衣装を着せられていた。
首元の肌を強調するようにあしらわれたリボンレース、それ以外を烏羽色の生地が両手首、足元までときっちり身体の露出を隠す。袖にはレースが扇状に波打ち、そこから傷一つない手がそっと出ている。腰付近で一旦絞った布地はそこからふんわりと足元まで花の蕾のように広がり、フリルが幾重にも重なって本当の花弁みたいだ。

白いソファに、凌牙の纏う黒いロングフリルドレスは良く映えていた。

「凌牙は今日もきれいだね。ふふ、W兄さまは一日出掛けてしまっているから、ここで一緒に紅茶でも飲もうか」

「―――」

誰かが見たら可笑しな子供だとでも思われるだろう。でも、ここには僕と凌牙以外、誰もいない。トロンもX兄さまも別室で優雅な午後のひとときを読書にあてているのだから。

それに、僕の声が完璧な独り言ではないのを知っている。凌牙は僕やW兄さま達の言葉を理解している。声を掛ければ、澄んだ双眸が水気を含んだように微かにたゆたう。彼女の瞳は何より雄弁に無声の言葉を語ってくれた。

ちょっと待っててね、と廊下に出て端へ寄せて置いたティーセット一式を乗せたワゴンをカラカラと引き入れ、ソファの横につけた。

「はい、どうぞ」

しばらくして鮮やかな色を出したアールグレイをカップに淹れ、凌牙が座っている前のテーブルへ2つ並べる。砂糖の代わりに最近おろしたばかりの蜂蜜を落とせば僕好みの甘さになり、嬉しく感じた。
ぼすん、と凌牙の隣に腰掛け溢さないようにカップを持ち上げるとそのままゆっくりと凌牙の方へ重心を傾ける。肩同士が触れ合い、凌牙の首筋からはW兄さまが愛用している香の匂いがした。

「兄さまと同じ香りがする。……優しくて強くて、大好きな、僕の兄さま。凌牙もW兄さまが好きだよね」

「―――」

「あ、今照れた。ふふ……そうだな、じゃあ凌牙は僕の事、好き?」

「――、――」

そう言って凌牙の顔を覗き込むと、僅かに開いている唇がふわ、と一瞬動いた気がした。思わず目を丸くしてしまう僕がはっと瞬きをした瞬間には、凌牙は会った時と変わらず静かに手元へと目線を固定させていた。
夢?幻覚?いや、確かに凌牙の口許は、動いた。僕の声に、応えてくれた。なにより、否定的ではない言葉を紡いでくれた事を凌牙の瞳は物語っている。

「――なんだか、凄くうれしい。ありがとう、凌牙」

「―――」

心が擽ったくなり、くすくす笑いながらまた凌牙の肩に凭れる。触れ合う腕越しに確かな温もりを感じる。
その温かさに惹かれ、白い頬へ柔らかな口付けを落とせばひどく胸が苦しくなった。





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