ハルトが倒れた後あたり





建築が中断したビルのコンクリートが剥き出しの階段を上がり、夜風が吹き抜ける一室に出る。途中で業者が手を引いたこの建物は天井まで完成していない為に黒い幕を下ろしたような夜空がよく映えて見えた。人気もなく、空気が籠もっていない。一人で考え事をしたい時ここは俺にとって、とっておきの場所だ。

遠くで聞こえる街の生活音が心地好く感じ、目を伏せようとした、その瞬間。
黒い影が真上から俺の上へ飛び降りてきた。

「――っ!な、ぐっ……」

黒い影を寸の所で避けはしたが、次に繰り出された横蹴りには反応出来ず、蹴り飛ばされ鈍い音と一緒に壁に叩きつけられてしまう。
痛みに一瞬よろめくが、急な襲撃にやり返すくらいの腕はある、鳩尾に一発くれてやると眼光を鋭くさせ立ち上がろうとした、が。

「っ、テメェ……、!?」

ふざけんなと怒鳴ろうと口を開き掛けた瞬間俺に蹴りを入れてきた奴を見て、言葉は続かなかった。代わりに立ち上がった姿勢は襟首を掴まれてダン!と勢いよく壁へまた押し返されてしまう。毛を逆立て唸る獣に似た瞳に一瞬背筋に冷たいものが走った。
息苦しく感じながらも、壁に押し付けてくる男を見上げる。
金色の髪、灰色の瞳、はためくコート。月明かりに照らされた表情は悲しみや疲労や狼狽を無表情で隠した面をしていた。
――俺が以前コイツと対峙した時とは違う。あの時のコイツはもっと……そう、使命感のようなものに突き動かされていたはずだ。今の奴にはそれがない。一体、何があった?

「離せ、」

「……」

「ハッ!黙りか。何だよ、八つ当たりか?遊馬にでも負けたその腹いせにテメェが負かした俺を捌け口にしようってのか?」

「違う!」

低く擦れた声で、天城カイトの苦しげな叫びが、コンクリートに反響して殺風景な室内に響き渡る。違う、とまたカイトが独り言のように言い、力なく首を左右に振った。

カイトが発した耐える声音に、俺はどうしたものかとらしくなく混乱している。この時点で反撃する気はなくなってしまい、何を血迷ったのか両腕をカイトの背中に持っていくと、とんとんと幼子にするような幼稚なあやし方をしてしまっていた。

「……じゃあ、どうした」

「……ハルト、が。俺の、たった一人の弟が、俺は何も……出来なかった。守ると決めた筈なのに、悪い夢を醒ましてやれると思っていた、のに、――っ」

目を、覚ましてくれない。

カイトは俺の襟を掴んでいた力を弱め、首元へ顔を埋めると密やかに呻いた。
きっとコイツにとって、弟は唯一の存在で、支えで。経緯など知らないが、疲労具合から見てコイツも相当精神的にキている。
傍から見たら抱き締め合っているように見えるんだろうな、と弁明出来ない体勢に溜め息を吐きつつもカイトを受けとめている自分がいた。それについてはもう目を逸らすしかないだろう。

「テメェが何で俺に八つ当たりした上にそんな弱音吐くのか、さっぱり分かんねーが……今のお前は少し休むべきだ。こんな目元に隈作って、声だって擦れてる。弟のハルトが今のお前見たら、弟は病人のくせにお前を心配するぜ?」

「俺は、構わないんだ。ハルトが、居てくれるなら、それで」

「当のハルトはよくねぇよ。お前、実は馬鹿だろ。こんな弱った兄を見て、不安になるのは弟だ。ハルトが大切なら、ハルトだってお前を大切に思ってる」

そう、大切に思ってる。ハルトと言うカイトの弟の姿が妹と重なる。
誰だって尋常じゃいられないだろうなとカイトを見ているとそんな風に思えた。

「……、凌牙、お前世話焼きなタイプか」

「ああ?八つ当たりしにきやがったテメェが言うか!てか、当たり散らしたいなら遊馬のトコでも行けってんだ!」

ぼそりと呟かれた言葉にイラッときた。なんなんだコイツ。本当になんなんだコイツ!
俺、コイツにかなり酷い仕打ちをされた記憶があるが、された側の俺が何故こんな奴の弱音に付き合っている?
これ以上無駄に考えれば頭痛がする気がした。奴に普通の常識を言ってもミラーフォース発動で返り討ちだ。

「少しは落ち着いただろ。帰れよ」

「もう少し頭を整理させろ」

「ならこの体勢を止めろ!どけ!」

「知らん」

腰をきゅう、とホールドされて本格的に抱き締められるものだから、羞恥で死にそうになる。頬が可笑しなくらい熱い、くそっ!

そんな俺をカイトはクククと笑うが、どうしたってそれは空元気にしか見えなかった。見ないふりをしろってか。身勝手な願いだ。


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