▼トロン一家のVがあらわれた!





災難だと、盛大に舌打ちをしたくなった。もしかしたら既に無意識にしてしまっているかもしれない。それくらいの嫌悪感を露わにして、凌牙は佇む男に鋭く尖る視線を浴びせる。機嫌を最大限に下げてくれた目の前の人物に。

「そんなに怒らないでください」

凌牙の態度にVは困ったように笑う。鮮やかな桜色の癖毛がくすくす笑うたびにふわりと揺れた。少女のような顔立ちのVは、凌牙が嫌うWの弟だ。人好きのする雰囲気を纏っていてもWの弟というだけで凌牙にとっては警戒対象に入る人物になる。口を交わしたいとも思わないし興味も沸かない、あるのは関わりたくないという一点の感情だけ。

「何の用だ」

一層眸を鋭利にしつつ問えば、Vは新録の目をゆっくりと柔らかくした。そして凌牙が瞠目するのも構わず、――綺麗に爪が切り揃えられた手を凌牙の頬へ滑らせた。
Vは、息を詰める彼の姿に意図の読めない頬笑みを返し、頬に触れたままの両手でするりと顔の輪郭を包んだ。

「何もしないよ」

「っ、もうしてんじゃねぇか」

「あ、そうかもね」

曖昧な会話が余計に苛立ちを煽る。手を退けろ、と凌牙は身じろぐが、Vは嫌と言って譲る気はないらしい。他人の体温をこんなにも近くで感じるのは初めてで、頭の端では狼狽する凌牙自身がいた。
首横にVの手があるが傷つけるような気配はなく、寧ろぺたりと包む温もりのある掌は凌牙の反応を楽しんですらいる所為か、どうにも警戒心がおざなりになってしまう。

「うん、こうしてみるとW兄さまが執着するのも分かる気がします」

「は、あ?」

唇が触れるのではないかというくらいに近寄られる。と、唐突にWの事を話題に上げられどういう意味かと眉を顰めたが、Vは今までの穏やかな空気とは一変し真剣な眼差しで凌牙を見詰めて。微かな溜息と供に、いいですか、と諭す口調で切り口を開く。

「凌牙、君は常識を弁えていて器量人だ。だけれどその癖自分自身の事には無駄に鈍い。例えば、今みたいに僕にされるがままになっていたり。――そのままだとW兄さまに美味しく頂かれてしまいますよ!」

「……?あ、ああ、」

「僕へ向けていた警戒心、それを兄さまの前では絶対解いては駄目だ」

「善処、する……」

気迫迫る声で言うのだから、意味が解らないまま頷く以外凌牙には出来なかった。
関わりたくないと先程まで危険予知をしていた数分前の己に、そのまま踵を反してくれと怒鳴りたくなるのはどうしてか。

そしてそんなVに強く出れないのは、認めたくはないが同じような苦労性を感じ取ったからだろう。



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