微ファンタジー/パラレル





硝子が嵌め殺しになった大きな水槽がぼんやりと蒼白く光る。水を巡回させる為のモーターの回転する音が辺りに低く響いている。
カイトは静かに水槽の前に立っていた。水槽から差す光は佇む彼の姿も薄く照らしていく。
目の前の硝子の向こうを、無数の魚の群れが渦を巻くように悠々と泳いでいる。否、こちらから見れば泳いでいるというより飛んでいる、という比喩の方が合っているのかもしれない、と水槽の高い位置を通り過ぎる銀色の群れを静観しつつそんなことを考えた。
ちらりと壁に着いている時計へ目をやればそろそろ日付が変わる。そして漸くカイトは水槽へ一歩近寄り奥の方へ目を凝らす。沢山の種類の魚類がいる硝子の向こうを、じっと何かを探すように。

カシャン、と渇いた音をたて時計の針が真上を差した。今日が昨日になり、日が変わる。

「カイト」

突然空気が震え、名を呼ばれた。ぶわりと周りの空気が変わったのが分かる。玲瓏で静謐な雰囲気に心臓が跳ねたが、ここ最近で知った感覚だと自覚すれば自然に肩の力が抜ける。寧ろ心地よく感じてしまう。

「凌牙、急に驚かすな」

隣をじとりと睨め付ければ、空気を変えた人物である同年代に近い少年がカイトの視線も気にせずこちらを見ていた。

「お前がずっとその水槽ばかり観てたからだろ。よく厭きないもんだ」

「そういうお前も、こんな真夜中に毎回忍び込んで来る程だから嫌いじゃないだろ?」

「まあ、な。お互い様なんじゃないか」

二人がこうして会話を交わす場所は疾うに閉館時間を過ぎた水族園の建物内、一際目を惹く巨大な硝子の水槽前。普通ならば厳重な鍵がかけられ入れる筈がないのだが、不思議な事に日にちが変わる少し前にカイトが建物の前に立つと招き入れるようにかたんと扉が小さく開くのだ。恐らく凌牙もそうして招かれているのだろうとカイトは考えている。
何故、扉が勝手に開くのか理由もさっぱり謎のままだが息が詰まった時や気持ちを落ち着けたい時、カイトはここへ足を向けさせてもらうようになった。そして決まって日を跨ぐと凌牙が声をかけて、秘密を言い合うような二人だけの時間がやってくる。そうしたサイクルが二人の内で当たり前に固定されつつあった。

「今夜の月もだが、ここの水槽も劣らず綺麗だ」

「月……?」

「満月で道が明るかっただろ。凌牙はここに来るまで気付かなかったのか?」

「満月か。……そうか、気付かなかった」

「?」

舞うように水中で旋回するマンタを静かに見ている凌牙の横顔は照らされる光の具合と相まってとても美しく映った。同時にゆっくり水中を見る双眼に一瞬淋しさが宿ったのでカイトは首を傾げる。

時折凌牙はそうした瞳をする。どうかしたのかと聞いたことはあるが、眠たいだけだと一蹴され終わってしまう。きっとその事は知られたくない凌牙の錠を掛けた感情の内側なのだろう。


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