天城兄弟と神代くん/学パロ
子守り、という言葉がある。
神代凌牙自身それは昔妹に対してしていた事があり、気を遣うが嬉しそうに喜ばれれば此方も笑顔になってしまうそんな微笑ましい記憶として残っている。
――といった回想は端に置き、凌牙は現在隣にいる幼い存在に視線を落とした。
「……」
「……」
てん、てん、てん、まる。視線が合わさろうが両者の口からは何も発されない。不思議そうにこちらを見上げる少年と、かける言葉が語彙と言う名のデッキへ戻されてしまった凌牙。無言の押し付け合いがそこにはあった。
基本デュエル以外では凌牙は流されやすい質なものだから、構うという自発的な選択肢はあまりにも遅く閃くのだった。
「おい、」
とりあえず、一声。ちょこんと横に立つ少年へ向けると、ぱちくりと彼は凌牙を見上げる。
「なに」
ふいに少年が口を開いた。二文字の短い言葉だったが、簡潔という点だと高得点だ。
無言を突き通すと思っていた少年が返事を返したことで、今度は凌牙が目を丸くする番だった。
「お前みたいなガキ、ここらじゃ見ないが……誰か待ってるのか」
ここ辺りは公園が近いのもあり活発な子供が多い。そのせいか大人しそうで物静かな浅葱色…緑と蒼を絡めた色をした髪の子供を見たのは初めてだった。
因みに彼らがそうした会話をしている場所は公園へ向かう道の途中にある学校の中等部の門の脇であり、凌牙は丁度帰宅しようと門をくぐったばかりだったりする。気だるげに校舎から出たら自分より幾つも幼い少年が人形のように門に寄り掛かっていたのだ、ほんの少し世話焼きな彼は反射的に少年の方へ身体を向けてしまっていた。
そんな経緯はどうあれ、凌牙の問いに少年はこくりと小さく頷きを返す。そして、にいさん、と凌牙にしか聞き取れないだろう微かな声で告げる。兄を待っているようだ。
こんな幼さで授業終了まで待っているだなんて出来た弟だなどと少年の「にいさん」発言に「そうか、偉いな」と相槌を打ちながら凌牙は密かに感心していた。
「そ、う?」
「ああ。兄貴が来るまで待っているんだろ。偉ぇよ」
ぽんぽん、と少年の頭を撫でこちらを見上げてくるくるりとした眸に口元を弛める。途端に少年は花が舞うような雰囲気を醸し出す。
「ふふ、」
「ん、?」
引き結ばれていた少年の口がゆるりと弧を描く。――その控え目な笑みの仕草に凌牙は妙な引っ掛かりを覚えた。これと似たような笑みを、自分は知っている気がしてならない。否、確実に知っている。似ている奴はもっと意地悪く加虐心を籠めた造りの口元をするが。
「なあ、お前の苗字ってもしかして……天城か」
疑問符を付ける必要性がない位の確信を持ち、問えば案の定、首をたてに振られた。
「ハルト。天城、ハルト。……カイト兄さんを知っているの」
「まあ、同じクラスだからな」
不本意だが悪友だ、と付けるべきか迷ったが寸のところで耐えた。純粋な弟にカイトの暴虐振りを話せる者が果たしているだろうか。
「兄さんと同じクラス……?」
「ああ。俺は神代凌牙。お前の兄さんとはクラスメイトだよ」
どうにも弟を大切にする優しい兄の一面を貼りつけたままらしい天城兄に内心軽く引きつつ、凌牙は同クラスメイトという役に撤しようと遠い目をして独り頷いた。
が、天城兄はその括りでは満足しない人間だったらしく、
「神代、凌牙……?シャーク?」
「……兄貴がそう言ってたのか」
「うん。デュエルが強い。策略を何手も組んでる。デッキは水属性。気が強いけど、笑うときれい」
「……」
とてもカイトを蹴り付けたい衝動に駆られたが本人はまだ来ていない。おまけにいつの間にか凌牙の制服の袖をハルトがきゅ、と握っており、帰る選択肢もへし折られてしまった。それはそれで構わないだが、彼からしてみれば兄が弟に語ったらしい凌牙自身の情報後半に齟齬があるような気がしてそればかりが頭をちらつく。笑みが綺麗、とは何だ天城兄。
「凌牙、凌牙。兄さん、まだかな」
「ん?あー、来たみたいだ」
「ハルト!」
二人でぼんやり待っていれば昇降口に金色が見え、息を切らせたカイトがこちらへ駆け寄ってきた。ハルトを視認したあと、隣で仲良く手を繋ぐ凌牙を見てカイトは小さく瞠目した。
「凌牙……?帰ったんじゃなかったのか」
「うぜぇ。ハルトが一人でお前を待ってたから気になっただけだ。……ほら、ハルト。カイトが来たから仲良く帰れ」
「え……凌牙は?」
凌牙がいれば兄さんが悦ぶよ、と手を引いたハルトが心なしか弾んだ声で首を傾げ二人に告げる。片方はにやりと、片方は苦々しげにお互いを見ていた。
「凌牙はハルトに懐かれたか」
「ブラコン混じりの兄よりは断然マシだろうからな」
にたり、と嗤う天城兄に厭味を倍にして返す。火花を静かに散らす年長組にハルトは不思議そうに二人を観察していた。
なんだかんだありつつも、ハルトを真ん中に手を繋いで帰宅する悪友二人が目撃されたのはその数分後だとか。