49の日。現パロ 同棲済み





たまには遠出でも、と電車を乗り継ぎ潮風が香る海辺から、流行りの衣服を彩るショーウィンドウが並ぶショッピングロードまで、一日を使って都市部を中心にぐるりと回った所謂デートのような外出は、気がつけばあっという間に過ぎていた。

出発と同じ最寄り駅のアナウンスがなったのか、カイトに肩をゆっくり揺すられ凌牙はうつらうつらとしていた意識を現実に引き戻す。降りるぞ、と言われ欠伸を噛み殺し改札を出ると、街灯が煌めく外は細かな雨粒が空気を濡らしていた。

「服、配送して貰って正解だったな」

「ああ。この雨の中では濡れていた」

駅の出入り口端にある雨樋からぱしゃぱしゃと流れる水に目をやりながら凌牙は心の中でため息をつく。

残念ながら、雨具はお互い所持していなかった。


急ぐぞ、と速足に自宅であるアパートの一室についた頃には、お互い着ていた衣服が水気を持ち重たくなってしまっていた。幸いスマートフォンなどの電子機器は鞄の底に押し込んでおいたお陰で何ともないが、自分達の身体は寒さで微かに震えしまう。

「朝は晴れてたのに、夜に降られるなんて災難だな」

「……ああ」

小さなくしゃみをした凌牙へつい、と目をやったカイトは密かに息を呑む。
藍色の癖のある髪は雨に濡れ、白い頬にぺとりと貼り付いている。はあ、と赤い唇から息を吐き、貼り付いた髪を指先で払う仕草は酷く扇情的にカイトに映ってしまう。
このまま玄関の扉に押し付けて口付けてしまいたい衝動を何とか流し、カイトは眉根を寄せながら堪えるような声音で「……取り合えず、風呂だ」と溢した。

着替えは取ってくるから湯を張って先にシャワーを浴びておけ、と凌牙を脱衣場に押し込めカイトが部屋の奥へ消えていった。恋人の言動に、変なところで過保護だと思いながらも凌牙は言われた通りに湯船へ適温の熱湯を張ると、シャワーのコックを捻り降り注ぐお湯を頭から被る。

冷えた身体を温め流していくシャワーの水圧が心地よい。帰りは雨に降られて散々だったが、今日と言う一日はとても充実していて幸福感が胸を満たしていた。久々の遠出と言うこともあったが、何よりもカイトが彼なりに凌牙を甘やかしながら連れ出してくれたことが嬉しかった。海辺で手を重ねたり、ショッピングモールで真剣に互いの服を選んだり、随分初々しいデートだったと凌牙は一人笑みを浮かべる。
身体が温まったら、変に真面目な恋人に甘えてみようかとシャワーのコックに手をかけた所でカラカラと風呂場の扉が開いた。

「え、な、カイト?」

目を丸くした凌牙が扉の方へと振り返り、何も身に纏っていないカイトに驚いた顔をする。そんな凌牙の表情にカイトはと言えば、悪戯が成功したかのように意地悪く笑ってみせた。

「何、気にするな。二人で同時に浸かった方が効率的だろう?」

丁度いい具合に湯もたまったようだしな、と随分と愉しげな声音で言えば凌牙の頬がかっと赤くなる。

「ふ、ふざけんな!」

「何故だ。俺だって濡れていて寒い。凌牙、お前は恋人を放ったまま一人だけ暖まる気でいたのか?」

「う、ぐ……今回だけだからな、ばか!」

「ふ、いい子だ」

本当ならば服を置いて脱衣場から出るつもりだったが、磨りガラス越しに見えた凌牙の裸体を直に見たくなった衝動を抑えきれなくなったことは隠し、有無を言わせぬままカイトは恋人の手を引き熱を持った温かなその唇を奪う。

ひたりとあたるカイトの胸板が冷たく、思わず凌牙の肩が跳ねた。

「ん……はぁっ、おい、風呂、入らねぇの」

寒い、というのは本当だったのだろう。舌を絡ませる欲を孕んだ口付けに流されそうになりながらも、何とかカイトの背を叩き離せと合図を送ると凌牙は彼を湯船へ誘う。
甘えてみようと考えていた段取りがほんの少し早まっただけだと自分に言い聞かせ、羞恥に耳元まで赤らめつつ湯船へ足を浸けた。


「凌牙、熱くはないか?」

「……平気」

ぽちゃん、と濡れた髪の一房から雫がお湯の中に落ちる。男二人で並んで入るのには狭い浴槽に浸かるための妥協案としてカイトが思い付いたのは彼が凌牙を抱き込むように浸かるという体勢だった。
流石に拒否されるかと思っていたが、意外にも凌牙は変態、といういじらしい罵倒一つでカイトの足の間に収まったのだ。
あまりの大人しさに風邪でも引いたかと心配になったが、ぎこちなく身体を預けてくる凌牙の行為にただ単に甘えてきてくれているのだと気付きカイトはとても上機嫌になっていた。

「なあ、」

「っ、」

どうした、と視線を下げた所で、ぴたりと胸板にくっ付いていたいた凌牙が上目遣いでこちらを振り返るものだから、思わずごくりと喉が鳴る。白い肌が温まり仄かに赤くなる様が無意識にカイトを煽っていることを恋人は知らないだろう。

カイトと視線が合わさると、凌牙はそろりと目を伏せ微かに言い淀む。あー、えーと、と何度か繰り返すと意を決したらしく、藍色の瞳がすっとカイトを見上げ唇が震えた。

「今日は、楽しかったぜ。その、……ありがとう」

嬉しかった、と先程熱烈な口付けを落とした場所から綴られる礼の言葉。それだけ、と言い、耳まで赤くしながら彼はまたカイトへ凭れた。

同じ屋根の下で暮らすようになってから、凌牙は素直になったと感じていたが、ここまで真っ直ぐに礼を言われ甘えられたのは初めてに近かった。言った凌牙は兎も角、言われたカイトも不意打ちの言葉に照れてしまうのは仕方がない。

「礼を言うのは俺も同じだ。一日ずっと隣にお前がいて、その……幸せだった」

湿った凌牙の髪を梳きながら脳内で何度も単語を巡らせ彼なりの気持ちを声にすると、凭れていた恋人の肩がふるふると震え、やがて堪えきれずに小さな笑い声が浴室に響いた。

「ふ、あはは!」

「な、何だ……」

「あは、いや……幸せだったなんて、言われて俺は幸せ者だなって感じたんだよ。それから、だった、なんて過去形にすんな。カイト、お前が俺を手放さない限り俺達はいつだって肩を並べて歩けるだろ?」

なら、俺はずっと幸せだぜ。
囁く声は鈴の音のように軽やかだが、しかししっかりとカイトの脳に刻みつく。

「凌牙。お前を手放す筈がないだろう。俺の全てを賭けて誓ったっていい、お前の隣は俺だけのものだ」

「……何かソレ、プロポーズの言葉みたいだな」

「まあな。そう捉えてくれて構わないぞ」

ぎゅう、と後ろから凌牙を抱き込み紡いだ声は思った以上に柔らかだ。肩口に顔を埋め、海外で結婚でもするか、と訊けば、凌牙がまた笑った気配がした。

「いいぜ。俺は自分が思っているよりずっと、カイトを愛してるみたいだからな」

「……後悔は、」

「無いし、お前がさせてくれないだろ?」

「当たり前だ。……凌牙、愛してる。今以上に幸せにするから俺と一緒になってくれ」

抱き締める腕に力がこもる。こんなにも緊張したのは何年ぶりだろうか。もしかしたら凌牙に好意の感情を打ち明けた時以来かもしれない。
暫くして、凌牙が振り返り、深い海の色がカイトを映す。

「ああ。喜んで」

その瞳には涙の粒が零れそうになっていた。思わず、凌牙の目元に唇を寄せ、その粒を拭い取る。湯船の中に落としてしまうにはあまりにも勿体無く感じたのだ。

「今日はもう離さないからな」

「ん」

ふふ、と口許を弛めカイトは温かい恋人の頬に口付けを降らす。
逆上せるギリギリまで、じゃれるような温かい想いの中に浸かっていたくて仕方がなかった。




シャークの日。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -