めりくり!
クリスマスは予定を空けとけよ、と愛らしい恋人に命令口調で言われたのは秋の初め頃。何故かと意地悪くも理由を問えば眉間に皺を立て、分かってる癖に、と頬を赤らめてそっぽを向かれたのは記憶に焼き付けてある。
師走に入れば予定が楽しみになり、イルミネーションでも見に行くか、それともレストランを貸し切り二人きりで密やかな夕食をとるか……否、全て盛り込もう、などと浮き足だっていたが、恋人は俺の家でケーキ焼くから、と彼の自宅を希望され、カイトが練ったプランは愛くるしい彼の姿の前に二つ返事で溶け切った。
そうしたやりとりがあり、カイトは内心とても楽しみにしていた。弟は遊馬の家のクリスマスパーティーに招待され、そこには恋人の妹も行くと聞き、これは二人きりで過ごす初めての聖夜ではないかと確信していたのだ。
「……何故貴様らがいる、W、ドルべ」
神代家のドアを開けるまでは。
「やあカイト。メリークリスマス、ああ、理由かい?……親友が君と二人きりだと小耳に挟んでね。居ても立っても居られなかったんだ」
「俺もドルべの言い分と殆ど同じだぜ。ファンは大切にしねぇといけないからなぁ」
「凌牙!これは一体何があった!」
「あー……カイト。悪い、断れなかった」
「押しに負けるな!断ることを覚えろ!」
思わず恋人の名を、駄目出しと共に叫んだ事は仕方がないだろう。
とにもかくにも、聖夜を邪魔されたカイトだったが、凌牙の怒りきれない苦笑いに渋々彼らの滞在を許し、神代家のリビングに上がった。手土産のシャンパンとクッキーの詰め合わせを渡せば、凌牙はシャンパンは買い忘れてたから助かった、と僅かに微笑む。
見慣れた眉間の皺がないだけで、カイトの恋人は随分と雰囲気が変わる。年相応、といった幼さが覗くその笑みに、邪魔がいても構わないか、と思えるくらいには心が穏やかになれた。
仕方ないと開き直ってしまえば、今日という日を満喫するべくカイトは気持ちを切り替えた。
調理を手伝ったり、Wとドルべと水面下で罵詈雑言のデュエルを繰り広げたりしているうちに時間はあっという間に過ぎていく。
「ドルべ、フォークを並べとけ」
「Wはグラスと皿な」
サンドイッチやスープといった夕食を摂ると、凌牙が作っておいたケーキがテーブルに運ばれる。てっきり丸型かと思っていたが、フルーツが盛り付けられたブッシュドノエルがテーブルに置かれ、凌牙を除いた三人は目を丸くし感嘆した。
「純粋に凄いな」
「凌牙……お前、料理上手いんだな……店に売ってそうだぜ」
「今からでも遅くはない、カイトから私に乗り換えないかい?」
「ドルべ貴様」
「うるせぇ。切るからさっさと食えよ」
照れ隠しか、目元を少し赤らめた凌牙は躊躇いなく綺麗な切り株ケーキを四等分に切り分け、自分の分をさっさと口に運んでしまう。
味も申し分なかったのは言うまでもない。
「凌牙」
「ん?」
「こっちへ来い」
ケーキからカードの話題へそしてデュエルの流れになり、珈琲を入れてくると席をたったカイトはそっと凌牙へ耳打ちする。どうしたんだと見上げてくる青い瞳が、ややあって合点がいったように瞬く。
「そろそろあいつらも帰るってよ」
「……あいつら結局冷やかしに来たのか」
玄関へ続く廊下へ出て少し待てば、リビングの扉を閉めて凌牙が苦笑いしつつカイトの隣にやってくる。冷やかしに来たのは事実だったようで、帰りにケーキ屋で各々クリスマスケーキを予約してあるらしい。
「困ったやつらだ」
「けど楽しかったからいいだろ?ーーで、なんだよ」
「……ああ。凌牙、手を出せ」
「?」
ごそごそとポケットを探り、カイトは差し出された恋人の手の上に鮫のキーホルダーが付いた鍵を乗せる。作りたてらしく傷の一つないそれに凌牙は目を丸くする。
「鍵?」
「この間から部屋を一つ借りて一人で住んでいる。……そこの、鍵だ」
弟の所には頻繁に足を運んでいるが、一月ほど前からマンションの一室を借りて住み始めていた。場所は研究所に近く、セキュリティも良い。
鍵がカイトの持つもの以外に一つしかスペアはなくて。
「まだ殺風景な部屋だが、お前の好きなときに来てくれて構わない」
「な、え……っ」
「俺からの、プレゼントだ。受け取ってくれるか」
「っ」
口を押さえ、意味を理解した凌牙の頬がぶわりと赤く染まる。声を抑えながらも彼はこくりと頷いた。
「俺、プレゼントとか、料理の準備で頭一杯だったからお前に返せねぇけど、」
「その反応だけで十分だ。後は……ベッドだけは大きな物を買ってあるから、其処で寝ていてくれれば文句はないな」
「……考えとく。なあ、カイト」
「ん?……っ」
三文字の名前を呼ばれ服を僅かに引っ張られて凌牙へ顔を向けると、ちゅ、と頬に柔らかな熱が当たる。
それは間違えようもなく、凌牙の唇の熱だ。
「メリークリスマス。ーーこのあと、道覚えるついでに泊まりにいく」
いいだろう?と楽しそうに口許を弛める凌牙の腕がするりとカイトの背にまわる。
「ああ。勿論だ」
ドルべとWの乱入を無条件に許してしまえる位、喜色を全身で伝えてくる凌牙が愛しくて仕方がない。
我慢しきれずに彼の細い体躯を抱き返しながら、カイトも喉奥から笑いが溢れそうになった。