モブ視点カイ凌/現パロ/カイトが研究者、凌牙が大学生





天城カイトといえば、我が研究所の期待の星、未来有望株のホープである。何でもクリス所長直々に勉学を教わっていた時期もあるらしく、彼が入所した当初はコネだの枕(この言い方はどうなのだろうか)だのと囁かれていたが、そんな事は些末だとばかりに天城は入って直ぐにその頭脳の優秀ぶりを陰口を叩いていた職員に見せ付けていった。
結果が芳しくなければ、彼は他方向からのアプローチを提案し、その気転の良さに他の研究員は目を瞠るのだ。

そうして彼が実績を上げて数ヵ月、陰口はめっきり鳴りを潜めた。まあ人の噂も七十五日というし、研究所も天城を認めたのだろうと、ヘビースモーカーな研究員の俺は喫煙所でぼんやり結論付けたりしている。

優秀だと言われると次に出てくる噂が恋人の有無なのだから、同じ所員ながら苦笑いが溢れてしまう。事務の女子が必死にアプローチを仕掛けている姿を何度か目にしたが、天城は全く興味の無さげで……こう言っては女の子に悪いが研究資料を読み漁っている方がよっぽど生き生きとした顔をしている。その時の俺は、望み薄だなぁなんて栄養ドリンクを開けながら思ったものだ。
事務の女の子が化粧と笑顔と差し入れ攻撃をしたとて、天城は首を横に振って拒否だし、先週同僚が合コンの誘いをしたようだが、申し訳ないが、と言って断られたらしい。あの若さで研究一筋かよ!と同僚は嘆いていたが、そうではないと俺は断言できる。


理由は簡単だ。俺は天城が靡かない訳を知っている。

2ヶ月ほど前の話だ。定例報告会議が終わった後今日のように朝の一服を吸おうとしたが生憎車内に煙草の箱を忘れてしまい、取りに戻ろうと俺はエントランスを歩いていた。
警備員の兄ちゃんと軽く挨拶を交わした所で、俺はエントランスホールの端で見かけない姿の青年がきょろきょろと何かを探しているのを見付けて思わず声を掛けたのだ。

「君、見かけない顔だけど、どうしたの?」

「え、あ。……あの、カイ、天城の届け物を持ってきたんですが」

声をかければ、青年はびっくりしたのかおずおずと大きな茶封筒と布で包まれた四角い、うん、あれは弁当箱だった。それらを俺に見せて目をそらした。どうやらこの子は天城に態々忘れ物を届けにきたらしい。
事情を訊けば、電話は電源が切れていて繋がらないし封筒が玄関に置きっぱなしだったものだから急いで来てくれたそうで。

律儀だとか、今時こんな出来た子がいたのか、とはんば感動を覚えながらも頭のどこかで天城が靡かない理由に青年が絡んでいることをなんとなく感じ取ってしまった。それは青年の天城を呼ぶ時の声の柔らかさだったり、ここまでやって来た甲斐甲斐しさだったりと随分漠然とした勘ではあったのだけど。

警備員の兄ちゃんに天城へ来客だと知らせてきてくれと頼み、青年に今から天城が来るよ。と伝えれば青い両目が僅かに和らぐ。

「天城さ、凄い優秀なんだよ。仕事出来るし、顔も良いもんだから事務の女の子が最近肉食系になっちゃって」

「へぇ……」

「彼の外側じゃあ女の子同士の大戦争さ。……でも、当の本人は誘いとか全部断ってるよ。ーーきっと、君にしか興味がないんだろう、なんてね」

「えっ、なんで、」

「あー……ごめん。今のは勘だったんだけど……うん、でもやっぱり」

天城は一途だねぇ、と穏やかに話せば目を見開いて驚く青い彼の姿があった。

同性同士に偏見は無いことと、冗談半分に言ってしまったことを詫びると、彼はほっとして「俺は神代凌牙です」と自己紹介までしてくれる。大変良い子である。どうやら俺の観察眼は中々優秀だったようだ。神代くんは大学生らしく、天城が白衣のままエレベーターを降りてくるまで、ほぼ同棲(神代くんは同居と言っていたけど)状態になっている事や天城が料理が壊滅的な事やら、色々な話をしてくれた。

欠点なんて無さそうだと思えていただけに、神代くんが語る天城の話はとても新鮮だった。それと同時に、この子は本当に天城が好きで、天城もまた、この子を愛しているのだと、そう言った感情がひしひしと感じられて、いつの間にやら煙草の事はすっかり頭から抜けていた。

「凌牙……!」

暫くしてエレベーターから降りてきた天城は、驚いた顔で神代くんを見て駆け寄ってくる。おせーよ、どうした、忘れ物持ってきた、そんな応酬が聞こえ天城が研究所にいる時よりずっと幼く見えて、小さく笑ってしまう。

「天城ー」

「……!副所長」

呼び掛ければ、漸くこちらに気付いたのか神代くんのように目を瞠られる。まあ、二人の関係を見ていたら家の奥さんが恋しくはなったが、彼らの事を言い触らそうだなんて微塵も思っちゃいない。
そんな意味を込めて、俺は財布から野口を二人ほど抜き出し、天城の手に乗せて。

「折角来てくれたんだから、神代くんと休憩がてら外の喫茶店でお礼してきなよ。クリス所長には上手く言っておくからさ」

愛する人との関係に欠かせないのは細やかな愛情と感謝だよ、と既婚者としてのアドバイスを小声で付け加え、神代くんの事は誤魔化しておくからはよ行け、と天城に耳打ちを忘れない。
何か言いたげだった天城だが、俺の耳打ちにハッとしてからややあって小さく頭を下げ荷物を持ち神代くんと肩を並べエントランスを出ていったのだった。



そんな事があり、事務の女の子の威嚇し合いやら天城の噂話やらに関して俺は完全に傍観の態勢をとることとなっている。
今日も外野は忙しないが、天城はいつもと変わらず実験に勤しんでいる。その姿がどこか幸せそうなのは昼時間に神代くんお手製のお弁当が待っているからなんだろう。
本当に、幸せそうでなによりだ。

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