人間とは厄介な生物だと、常々思う。恋が実った時、気持ちが通じ合えばそれだけで幸せだった。

『凌牙、俺はお前に対して友愛以上の感情を持ってしまった』そう言ってほんの少し目を伏せたカイトに凌牙が恋をしたのは、心の何処かでそうした感情を凌牙自身も持っていたからだろう。その時は、思いが通じただけで、とても幸福で。

だが、人間とは貪欲なものだ。相思相愛が物足りなくなり、互いに不慣れで不器用ながらも、手探りの触れ合いたいという欲が生まれる。酷く不機嫌な雰囲気を纏い眉間に皺を寄せたカイトに、思い切り腕を引いて抱きすくめられた日を凌牙は一生忘れないだろう。怒っているのかと思えば、緊張からくる照れ隠しだなんて誰が想像できたか。

「カイト」

「……なんだ」

「いや、お前も普通の人間なんだなって思って」

「は?」

「俺をどうしたいだとかどうなりたいだとか、そうした欲が薄いと思ってたんだよ。なんというか、プラトニックな恋愛が好きそうな感じでさ」

安心したぜ、と凌牙が呟けばきゅう、と一層強く抱き締められ、肩口にあるカイトの口から大きなため息がこぼれる。

「俺を、何だと思っている。……人間なぞ、欲深いものだろう。お前を前にしたら、いつだって押し倒してキスしてやりたい衝動に駆られているのを我慢しているこっちの身にもなれ」

首に回っていた腕がするりと凌牙の薄い腰を撫でた。
こういうことがしたい、そう言うかのようにカイトが触れた場所が服の上からでも熱く感じ息を呑んだ。同時にそんな内面的な動作に知らぬ内に凌牙は口許を緩めてしまう。
羞恥など無いのかと思うほど好きだと、愛していると息を吸うように凌牙へ囁く事以上をしてこないカイトの愛情が心の隅で不安になっていた。カイトの好きは本当に恋人としての好きなのかと眠る前の微かな時間に考えてしまったりもした。
それがどうだ。心の蓋を開けてみれば欲求を無理やり押し止めていたと苦しげに吐露されて。

「我慢なんてするなよ。俺も、お前が好きなんだから。……カイトに滅茶苦茶にされたいと、思うくらい、には」

気恥ずかしさから尻窄まりになる声ごと抱き締めるように、カイトの腕の力が強くなる。触れ合う身体が更に熱を持ち、跳ねる心音が煩い。だが、凌牙はこの温もりから逃れる気はなかった。
熱くてその癖、心地の良いカイトの体温は凌牙だけに与えられるものになる。普段は照れ隠しでかわしてしまうかもしれない行動を、『いつも我慢している』と本音と共にカイトから告げられてしまえば、愛しくて離れられなくなった。

「……全く。誘うのだけは上手いのだから困る」

「うるせぇ」

「煽ったのはお前が先だからな。嫌と泣いても止めないぞ」

酷く喜悦に満ちた声音で、カイトは凌牙の耳元で低く笑う。何倍もの欲情を孕んだ声が凌牙の背筋をぞくりと震わせていく。

逃げられない、と本能が告げると同じくして、カイトに求められる事がどうしようもなく嬉しく感じた。
もっともっとと、先を望み強欲になっていたのは凌牙だけではないのだと分かり安堵する。

「……ん、なあカイト」

「なんだ」

唇が離れた僅かな間に呼んだ声に、カイトが灰の瞳を細めながら微かに笑う。欲を隠そうともしない爛々となる彼の双眸に呑み込まれそうになりながらも、凌牙は安堵感と高揚に突き動かされ彼の耳元に唇を寄せた。

「もっと俺の事、好きっていってくれよ」

今は甘ったるい言葉が欲しい。彼の口からでしか得られないその言葉が。

熱で溶ける砂糖菓子のような理性は、とっくにぷつりと切れてしまっていた。普段なら口にしない願いが凌牙の口から紡がれる位、理性などぐずぐずに溶けきっている。そうなればお互い遠慮などなくなり、剥き出しの本能の赴くままだ。

いいだろう?と囁くねだり声にカイトは目を瞠った。そして意味を理解した次の瞬間には、凌牙の口は再び深く塞がれるのだった。



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