本編その後IF




天城カイトと神代凌牙は、なんとも形容し難い関係を構築している。

凌牙がカイトに初めて出会ったのは凌牙が中学二年の頃だ。初対面は最悪の一言に尽きた。凌牙はカイトにデュエルで敗北し、その上命の危機にまで陥れられた。
その後は事なきを得たのだが、そこまでした相手と普通仲良く出来るかと問われれば大半の人は嫌だと首を横に振るだろう。……だが、二人はその大半から外れた少数派に属していた。

口喧嘩からのデュエルで決着は良くあるにしろ、いがみ合う事なく疎遠になることもなく。連絡も一週に何度か取ることもあるし、予定があえば観たかった映画や買い物にと付き合うのだ。いがみ合う所か互いの距離がいつの間にか心地好くなっていくのを感じ始めたのは、二人の身の回りが落ち着きを取り戻し一年ほど経ってからだ。


一時は消えかけた関係をこうして友人の様に続けてきて、そろそろ四年が経とうとしている。月日の波に揉まれながら高等部に入った凌牙は進路と言う壁にぶち当たっていた。
今いる自身の場所から無数に伸びる選択肢。進学、就職……それからどうする?ひらりと力なく揺れる進路希望のプリントが凌牙を悩ませていた。

はあ、と今日一日溜めた精神的な疲れを大きな溜め息として外に溢す。気晴らしにデュエルがしたかったが、プリントの提出期限は明日中であった為に何とか白紙を埋めなければと凌牙はまた一人悩む。とんとんとデッキケースを指で軽く叩きながら眉根を寄せ再度溜め息。

「わっかんねぇ……」

悩んだ末に出た言葉は随分と弱々しかった。
人の一生がどのような終わりを迎えるかそれは誰にも分からない。ある日、突然、終わりがくる。……なんて事だってある。事実、凌牙はその事を自分の過去の記憶として持っているのだ。そうした考えがあるからこそ凌牙は未来というものに対して慎重だった。
悔いの少ない選択をしたい、とプリントの空白を芯のないペンの端でつつきながら染々と思う。

そうした考えがあるからといって進路が簡単に決まるわけではなく、また彼は静かに思考に耽る。
半月ほど前、プロデュエリストとして華々しい連勝を上げているWからプロの世界に入ってみてはどうだと誘いがあった。確かに、デュエルは好きだ。自身のモンスターの攻撃が通った瞬間の気持ち良さ、デッキ構築の楽しみ、それを仕事にするというのも魅力的ではある。けれど、Wの様に見知らぬ人間に対してそこまで愛想良く振る舞い猫を被れる自信がない。プロよりも、賭けデュエルだの地方の小さな大会で腕を試す方が自分に合っているのだろう。

矢張り無難な選択は進学なのだろうか。ペン先を進学欄へ向けるがそこから先が動かなかった。


「、あ?」

深く息を吐いたその時、聞き慣れた電子音が鳴り凌牙は手を止める。Dゲイザーに音声通信が着たことを告げていた。発信相手は、『天城カイト』。電話は久しぶりだ、と凌牙は僅かに嬉しく感じながら通話のボタンを押した。

「凌牙か」

「ああ。急にどうしたんだよ」

出会った時より幾分か大人らしくなった、角が取れたような穏やかさをもつカイトの声に自然と肩の力が抜ける。
お前から電話は珍しいな、と
言えば通話口でカイトが微かに笑った。

「この間一緒に出掛けただろう」

「お前の研究室お泊まりセットを買いにな。寝袋はねぇよ。簡易ベッドくらいあるだろ」

「俺からしたら、真っ先にキャンプ用品売り場へ行こうとした凌牙の思考の方が気になるぞ」

先日買い物に付き合った旨で軽口を言うと同じように返される。生真面目なあの男が随分と言うようになった、と凌牙は一人目を細める。

「うるせえ。……で?急に電話してきて、どうした」

「アークライト兄弟経由で、お前が進路に迷っていると聞いてな」

「Wの野郎……」

するりとカイトの口から凌牙の進路の話題が上がり、噂の根源を忌々しく呟いてしまう。プロへ誘ってきた時も愉しそうであったが、その後の根回しまで楽しんでいようとは夢にも思わなかった。
Wは後でシメよう、と心に決め、今は研究職を順風満帆に進んでいる電話口のカイトへ向き合う。

「だったら何だよ」

「決めていないのか」

「……未だ、な」

絶賛迷っている最中だという意味を込めた声を出すと、カイトの息遣いが一瞬止まった。それは、何か獲物を捕らえた肉食獣のようで。
ふ、と凌牙は無意識の内に片手に持つペンを握り締め身構える。

「ならば、俺達の研究所へ来る気はないか」

「は?ーーいや、専門知識なんてねぇから邪魔になるだけだろ」

揺るぎない声でのヘッドハンティングに、片手に持っていたペンが机に転がり落ちる。カラカラコトン。凌牙が驚いている合間にペンは床に転がり落ちていく。
とうとう徹夜続きで思考がおかしくなったか?と若干ずれた所でカイトを心配したが、提案を持ち掛けた側は真面目な声音だった。

「研究者になれ、ということではない。来年から俺とクリスとで二つのチームに別れて別々の方面から経過を見る研究をする事になったんだか、お前さえよければ、助手……否、秘書になって貰いたい」

「誰の秘書だ?」

「俺の、だ」

開いた口が塞がらないとはこの事だろう。たっぷり十秒息を呑んでから、凌牙は頭を抱えた。

進路について、Wが根回しをした様だが、良く良く思い返せば電話相手のカイトにも凌牙は様々な知識を入れ知恵なのか根回しなのか、取り敢えずそう言った類いの事をされていた。
例えば機密性のない文章の記録取りであったり、それの書き方や保存先、良く使う器具の管理方法その他諸々。デュエルの序でに食事を作ることもあったし、先日の買い物だって、どれが何故必要なのかなどやけに真剣にカイトは教えていた。
彼からの入れ知恵通算年数は凌牙が中学三年からであったから約四年ほど。会話の一環で教えられた事も、積もれば山となる。

「俺が、テメェの秘書とやらになる知識は教え込んであるってか」

「ああ。それもあるが、この数年、お前をずっと側に置きたいと考えていた。もう、突然にお前をなくしたりしないよう、隣に有りたいと願っていたからな」

「……な、」

それは。それは、まるで熱烈な告白ではないか。
トクリ、と心臓が一際大きく脈を打つ。
からかうなと声を荒げようとするも、電話越しのカイトの声は凛とした空気を持っていた。

「凌牙、お前の将来の予約はしておく。絶対ではないぞ。ーーお前がお前らしくいれる選択が一番だからな」

「……あ、あ。」

片隅にでも入れておいてくれ、と穏やかにカイトの声は切れた。
顔が、熱かった。それと、心臓あたりも血液が音を立てて感情の起伏を伝える。
穏やかな声の裏側、凌牙は確かにカイトの本音を聞いたのだ。

「これで教師に呼び出されたらカイトを召喚させねぇとな」

カリカリと拾い上げたペンで就職、と記入し、彼の属している研究所の名を明記する。
彼らがしているのは、この世界と異世界との関係を追求する研究だ。
遠い過去に想いを馳せながら、凌牙は自分が生きるこの世界をもっと知りたいと思った。


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