※女装描写あります。
ふわりと広がる白い花弁のようなワンピース。シンプルながらも所々にあしらわれる手縫いのレースや刺繍の美しさもあり、そこそこ値が張るものだ。
『シンプルかつ、目を惹き付けるものを』それが、カイトのいるスタジオへ持ち込まれた依頼だった。同時にこの服を渡され、どうするかと悩んだのはほんの数秒。自身の腕と経験から反射的にモデルの人物は決まっていた。
「凌牙」
「あ?」
「もう少し足を右にずらせ」
カシャリと乾いたシャッター音を鳴らし、ワンピースを着たカイト専属のモデルである青年ーー神代凌牙へ声を投げた。おー、と億劫そうに頷いた彼は脚の位置を調整しこれで満足かと再びカイトへ視線を投げる。
深い濃紺色の鋲留ソファに寄りかかる凌牙はどこか中性的な雰囲気を持っていた。まあ、雰囲気が中性的に見えるだけで実際は男らしい一面が多々あるのだが、カイトのカメラを通した彼は不思議とメンズからレディースまで様々な衣装を違和感なく着こなして魅せるのだ。
女性ものなど悪態をつきつつ撮るのだが、驚くほどに美しく映えるのだから感心してしまう。そして何より、彼の写る姿は多くの人間を惹き付ける。
「ああ、いいぞ」
「……お前、ファインダー覗き込むと本当に人が変わるっつーか本能的になるっていうか……」
「?何がだ」
「気付いて、ないのかよ」
そう言って、凌牙は僅かに不服そうな顔をするが直ぐに女顔負けの淑やかな笑みを作り、カイトが望んだタイミングで目線をレンズへ向けた。そしてシャッターが切られる。
望んだ時に望んだ表情で目線を寄越す、撮影中小さな雑談を挟みながらも凌牙はカイトにそれが出来た。技量というより相性が必要とされるやり取りに、凌牙以上の相性の良い相手はいないとカイトは確信している。
「それで。俺が何だ?」
「まだ言わせンのか」
「中途半端に濁されるのは気に食わないだけだ」
「あー、だから、言いながらカメラ構えるなよ。お前レンズ越しだと欲求だだ漏れなんだぜ」
「!」
そう言い捨て、凌牙はレンズからフイと顔を逸らす。
そんな凌牙の言葉と表情に目を丸くしたのはカイトだ。ーー公になどしないが、二人は所謂恋人同士と言える関係にあった。だがそれは休日や家の中だけの密やかなものだったはずで。
欲求がだだ漏れ、とまさか仕事場で、恋人同士から仕事仲間に切り替えた凌牙に指摘されるとは思いもしなかった。
だが確かに、ファインダーを通した心の内で、無意識に凌牙が着ている服を脱がせる事を考えたりしていたが……。どうにも心の機微に敏感な彼にはカイトの思考が恥ずかしいほど鮮明に読み取られていたらしい。
「……家、帰ったら、好きにしていいから、撮ってるときは自重しろ」
「……自制が効かなくなるが好きにしていいのか」
「ん。嘘はいわねぇよ」
耳を赤らめて本日二度目のそっぽを向かれるが、花弁に似たワンピースの裾をいじらしく触りながら溢れた愛くるしい凌牙の声に即座に反応を返した。言質は取った、と思わず口角を吊り上げてしまう。
「そうと決まればペースを早めてさっさとあがるぞ。凌牙、横顔からこちらを見る形と、視線は壁際に固定でワンピースを少し持ち上げ強調させる形の構図を何枚か撮るからな」
「途端にやる気だしやがって……。おら、撮れ」
ソファへ座り直し凌牙は裾を静かに持ち上げてみせる。
シャッターを切る度にカイトの目に写るのはどうみても可憐な少女の姿。数多の人間の目に触れることへ嫉妬心を抱くほどの美しさだ。
誰からだったか。凌牙の写る写真は彼の青い深海のような両の目に引き込まれるのだと聞いたことがあったが、確かに無意識に息を呑む瞬間があるのだ。例えば今まさに、その時であったりするのだが。
撮ってるときは僅かな興奮と熱で分からないが、そっとレンズから目を離し目の前に居る凌牙を見るとその意味を確りと理解できた。
「お前は、美しいな。画像にしないでずっと独占していたくなる」
「は、?」
「いや。なんでもない」
思わず口に出た言葉を濁すと、凌牙は微かに目を丸くしそうして可笑しそうに吹き出した。
「ふ、はは!馬鹿だなカイト。写真の中の俺はお前だけのモデルだし、目の前の実像はお前の恋人なんだぜ?」
「……当たり前だ」
「なら独占したいも何もないだろ。俺はずっとカイト、お前に独占されてるんだから」
言いたいことを言い終えた凌牙は、ややあって恥ずかしそうに視線を逸らす。
カメラに向ける作られた表情ではない、一匙の幼さとカイトの好きな苛めたくなる拗ね方。ーー非常に愛らしい。そう思えば指が勝手にシャッターを切っていた。
凌牙の目が吊り上がるが上機嫌になったカイトにはまるで効果がなかった。