蝉の鳴き声が空高く響き渡る。
璃緒が小鳥達と数日間旅行に行くと告げられた後、凌牙は天城兄弟に誘われ避暑地らしい彼等の別荘へ来ていた。

シティから少し離れたそこは山と野原に囲まれ、都会とは程遠い。蝉を始め、蝶など様々な自然が群生している。
夏のこの時期になると、別荘の回りは黄色の大輪の花で一層輝いて見えるのだ。

自然しかない場所で、凌牙が気に入ったのは住居近くの巨木の下だった。幹から分かれた枝には本に出てきそうな手製のブランコが付けられ、時折吹く温い風で揺れている。
そこに座り、枝葉の音を聞きながらぼんやりとするのが思いの外気に入ってしまった。


朝早く。まだ強い日差しが差さない時間帯に凌牙は起床し、別荘回りに置かれた幾つもの鉢へ水をやる。それが終えると木の下へ行き、うつらうつらと二度寝の体勢になる。
夏休み明け、寝坊癖にならないよう水やりをすることにしたのだが、眠気の誘惑は中々どうして振り切れない。
幾つもの並ぶ上木鉢と植わる植物を視界に入れ、くあ、と欠伸をする。
水を滴らせる青々とした葉と支柱に巻き付くツル。そして幾つも数を付ける青紫と赤の大きな花。ここ数日、凌牙が世話をしているのは、小学生で育てた記憶のある朝顔だ。
元々手入れが良かったのか、天城兄弟と滞在し始めて朝顔は日に日に蕾を綻ばせている。
花が咲く度にハルトは綺麗だと言って眺めているので水やりも無駄じゃないな、と本日二度目の欠伸をしつつぼんやりと思い返す。

「こんな場所で二度寝か?猫に間違われるぞ」

「……カイト?」

草を踏む音と聞き慣れた声に、ゆるりと目蓋を開けるとそこには名を呼んだ本人がワイシャツにスラックスというラフな格好で凌牙を見下ろしていた。
何だ、と用件を訊けば、お前と朝顔を見に来た、と返され少し気恥ずかしくなる。そんな凌牙の気持ちを知りながら、彼は僅かに口端を吊り上げ朝顔の鉢に眼をやった。

「随分と花をつけたか。ハルトが喜ぶ訳だ」

「随分綺麗に咲いたよな。俺だったら枯らしてるぜ」

「それは世話をしないからだろう。最悪水と土さえあれば花を付ける」

「まあ、大抵はそうさ。俺のときは理由も分からず枯らしちまったけど」

璃緒のは綺麗に咲いたのに、自分のだけ葉が黄色くなり萎びてしまったのは何故だったのか。水も肥料も同じだった。けれども凌牙のプランターだけ、花も付けずに枯れたのだ。
幼かったが、枯れたことが悲しいとそれほど思わなかった。どちらかといえば、寂しかった気持ちの方が大きかった記憶がある。

「何となくだけど、俺が育てたから朝顔は枯れたんだろうな」

「?どういう意味だ」

真っ直ぐな眼差しでカイトに見られほんの少し言葉につまる。
言うことを渋れば、隣座るぞ、と返事を待たず彼は隣に腰を下ろす。良いから話してみろ、と暗に言われた気がしてどう言うべきか言葉を探すように大木を仰いだ。

「小学生の時、朝顔を育てたんだ。夏休みの間、自分の手で育てるのが嬉しくて、張り切ってた。けど、俺の朝顔は一つの花もつけないで枯れたんだ。何が悪かったのか分からないけど、……あの時は寂しかった」

思い出しながら、懐かしく感じる。
枯れた朝顔にゴメンと謝ったのは今の凌牙だったのか、それとも生きていた頃の神代凌牙だったのかは曖昧だ。混在する記憶からは、何かを育てる事が向いていないとは分かるのだけれど。

「あー……、多分生き物自体に好かれてないんだろうな」

「好かれない事はないだろう」

切り上げようと口にした言葉を間を置かずにカイトは否定を返してきた。かち合った彼の目は真面目な色を湛えている。カイトはそう冗談を言うような男ではないことは十分知っている為か、反論の声に凌牙は自然と眼を丸くさせた。

「……その自信はどこから来てるんだよ」

「遊馬達にしろバリアン七皇にしろ、お前は頼りにされているし好意だって寄せられている。何より俺は気に入った人間以外を別荘に招いたりはしないぞ」

「な、」

「朝顔が枯れたのは何かしら要因があるはずだ。現にここの朝顔はお前が水をやり始めたら綺麗に咲いているだろう」

「ちょ、カイト」

「お前は鈍すぎる。仮に植物には好かれていないとしてもだ、お前に声を掛ける奴等からがお前を嫌う筈がないだろう。大体、……もが、」

「も、もう解ったから黙れ……!」

腕を組み説教混じりのカイトなりの誉め方を、思わず彼の口を手で塞いで止めに入った。
恥ずかしい。とても嬉しいことを言われたのがひしひしと伝わり、頭の中まで熱くなる。必死でカイトの口を両手で塞いだわけだが、何故か彼の瞳は楽しげに見える。

「凌牙」

暫くして、おずおずと手を退けた凌牙へカイトが笑いを堪えるように彼の名前を呼ぶ。

「もしかしたら植物には嫉妬でもされていたのかもしれないな」

「……なんでそうなるんだ」

「髪に蝶が止まってる」

彼の目線は凌牙の側頭部へ向いている。綺麗な髪飾りだ、と珍しく柔らかな声でカイトは微笑んでいた。

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