カイトは凌牙のエクストラデッキのカードを揃えると約束し、その日の内に凌牙が泊まるための部屋も設え、申し訳なさ気な凌牙を気にするなの一言で泊まらせた。
そして朝。
睡眠の淵から覚めたカイトは、直ぐに着替え、昨晩凌牙が言っていたエクシーズモンスターカードをネットを介して探し始める。何件か所有しているカードショップの目星をつけ、最終的な店選びは凌牙本人にさせるべきかと彼の寝室へ足を運んだ。
「凌牙、カイトだが」
扉をノックし、凌牙を呼ぶが、返事は一向に返って来ない。三度ノックを繰り返したが、やはり返事がなく。もしや帰れたのか、と一抹の寂しさを感じながら静かにドアを開く。
「りょう、が……、……?」
開いた先には、ベッドの上で布団がこんもりと膨れていた。どうした、とカイトが呟いたが、返事はなく、その代わりに布団にくるまった塊がもぞもぞと動いた。
頭まですっぽりと布団を被り、端からちょこんと青色の髪を覗かせているのは、紛れもなく昨晩異世界からやって来てしまった凌牙だろう。
起きろと毛布の塊を揺らすが、あーだのんーだのとうめき声が聞こえるだけだ。
どうやら彼は朝が滅法苦手らしい。
「全く。俺に手を焼かせるとはいい度胸じゃないか」
ゆるりとカイトが口角を吊り上げ、真っ白な布団をむんずと掴んだ。そして勢い良く凌牙から布団を剥ぎ取った。
「……、まぶし……んん、」
カーテンを全開にし、日光をたっぷり注がせた室内の明るさに、布団という殻がなくなった凌牙は身体を丸めながらもゆっくりと意識を揺り起こす。眉間に深い皺を寄せつつぼんやりとなりながら起こしたカイトを見詰め、目を擦りつつ二三の瞬きを繰り返した。
「だれ……」
「酷いものだ。昨夜の俺とのやりとりを忘れてしまったのか?」
「……!あー……カイト、かあ……」
寝惚けていた凌牙の思考が漸く起動したらしく、彼はバツ悪い顔を手で覆い小さな声で悪かった……と呟いていた。
「朝がこれ程弱いとはな」
「目覚ましないと起きられねーんだよ。ーーあ、カイト」
「ん?」
「おはよう」
ベッドに腰掛けあくびをこぼした凌牙は、気恥ずかしげに挨拶を口にする。その声音は穏やかで温かい。
こちらの世界の神代凌牙でないが、彼という存在にこんな風に挨拶をされるとは夢にも思っていなかったのだ。思わず両目を瞠る。そうして、微かに口許に笑みを湛え寝癖の残る藍色の髪を撫で。
「ああ。……おはよう」
家族以外には久しく言っていなかった挨拶を声にした。
「所で、お前のエクシーズモンスターなんだが、幾つかショップの目星をつけておいたから朝食が食べ終わったら選んでおけ。……オービタル」
「ハイ、カイト様!」
「俺が使っていたモニターを持ってこい」
「カシコマリ!」
「……なあ、本当にいいのか?」
敬礼のポーズをとったオービタル7が部屋を出ると、サンドイッチを食べ終えた凌牙はやはり申し訳なさそうにカイトを見てくる。眉を八の字にし、膝に置かれた手はそわそわとカイトが寝間着代わりに貸したシャツの裾を掴んでは離してを繰り返していた。
臆病な小動物のようだ、と俯きがちな藍色の少年を見やりそんなことを思う。
凌牙からすればカイトがそこまでしてやる義理がないのだろう。だが、カイトにはそうさせたい理由がある。
「構わん。それよりも、デッキが揃ったのならば早速お前とデュエルがしたい。それが見返りだ」
「……わかった。全力で受けて立つ」
「ふ、それは楽しみだ」
オービタル7が運んできた小型モニターに映る黒縁のカードの所持していた枚数と名前を告げながら、欠けていたエクストラデッキは着々と本来の形を取り戻していった。
ブラックレイランサーやバハムートシャーク。昼を過ぎる頃には速達で届いたエクシーズモンスターが異世界へ来る前と変わらない形で凌牙のデッキに組み込まれた。
異世界へ来てデュエル。どうにも不思議な感覚だと、ぼんやりと考える。同時に貴重な体験だとも。
「準備は出来たか」
「ああ。万端だ」
カイトの実力は未知数だが、恐らく桁外れの強さであろうことは、凌牙の勘が告げている。凌牙自身それなりの強さをもっているが、どこまで彼に噛み付けるか、楽しみでぞくりとした。
「では、始めるぞ。……とその前にデュエルディスクとDゲイザーの説明からか」
「スタンディングとは思ってなかったからな……」
既にディスクとDゲイザーをセットしたカイトがデュエルディスクの説明をすれば、凌牙は熱心に耳を傾けた。
自動でシャッフル、ディスクの上にカードをセット。大方仕組みを理解をすれば、カイトはDゲイザーを着けてみろ、と促す。モノクルの様に耳に掛ける形式のDゲイザーで片目を覆うと、『ARビジョンリンク完了』というアナウンスが流れ景色が僅かに変わった。
「リンクはしたな」
「ああ」
「なら先攻はくれてやる。凌牙、お前のデュエルをこの空間で見せてみろ」
すっ、とカイトの瞳が好戦的な色を宿す。それはまるで、獲物を品定めする猛禽類のようだ。ごくりと喉が鳴り、カードをドローする指先が楽しみで震えた。
「……!ーーすごい……」
シャーク、と名のつくモンスターカードを場に出した瞬間、ディスクに置いたモンスターが立体となり、水飛沫を上げて凌牙の目の前へ本当に召喚された。呆気にとられ、目を見開く凌牙にカイトは愉快そうに笑んだ。
「どうだ?これがこの世界のデュエルだ」
ぐるる、と力強い尾びれをしならせ、召喚したモンスターが凌牙の周りをくるりと旋回する。絵でしかなかった凌牙のモンスター達が本物の生き物であるかのように目の前に現れた光景に、彼は思わず見とれてしまう。
驚きながらも、凌牙はなんとか頭を働かせ2体のモンスターを揃えるとエクシーズ召喚をする。そして現れたバハムートシャークの姿にまた見惚れるのだった。
「楽しいだろう?」
「ーーああ。本当に、すごい。俺は、コイツらと一緒にデュエルしてたんだな」
「そうだな。ふふ、お前にはやはり深海を彷彿とさせるモンスターを従える姿が似合う。……では、俺のターンだ」
柔らかな表情も束の間、カイトは一瞬で真剣な面持ちになり、魔法カードを発動させ攻撃力が2000のトークンを場に繰り出しそれらをリリースして。
「っ」
ぶわりと突風が吹き抜ける。カイトのフィールドから眩い光が放ち、凌牙は驚きながらも薄目でその光を見た。
「これが、俺の魂だ」
気高い咆哮と共に圧縮した光から現れたのは、双翼から青白い光を放つ竜。
凌牙は思わず息を呑んだ。
カイトの魂と言うほどの存在だ。恐ろしいほどに美しく、そして強さを兼ね備えている。そう、カイトは強い。予想が確信に変わる。
勝算など分からない、そんなデュエルに凌牙は胸を高鳴らせる。
「ぜってぇ、勝つ」
「此方の世界の凌牙も含めれば、お前とは二度目のデュエルだ。早々に勝ちの星はやれないぞ」
カイトが不敵に笑えば、凌牙は上等だと笑い、デュエルでの攻防は激しくなる。
その末にカイトが勝ちはしたが、互いの残りライフは僅差だった。
「……悔しい」
「だろうな」
「何だよ、その嬉しそうな目」
「そんな顔を俺がしていたのか?」
長い息を吐き、その場に座り込んだ凌牙の目の前に来たカイトは目を丸くさせた。
嬉しそうな顔、とは滅多に言われない言葉だ。
「弟……あーっ、と。ハルトの前で見せた顔とおんなじ表情してる」
「……身内には甘いと自負しているが、お前に対してもか」
「ふは。俺、もしかしてカイトの家族にカウントされてる?」
「……そうかもな。恋人の枠なら空いている」
「それ……凄く甘やかされそうな枠だ」
ほんのりと目許を赤く染め凌牙が呟けば、悪くはないだろう、と端正な顔にじっと見詰められる。
確かに悪くはない、と思ってしまう自分がいて、同時に心音が急激に速くなった。……どうやら、カイトのデュエルや彼自身の存在に惹かれてしまったらしい。
「その枠、ここにいる間だけ入っといてやる」
「わかった。お前だけの特別枠だ。覚悟しておけ」
自信と喜色に溢れたカイトの声が上から降ってくる。
デュエルと同じくらいの羞恥と言う熱で、心の底から焼かれてしまいそうだった。カイトの性格からして、冗談ではないことは、会って一日の凌牙でも理解できた。
「……覚悟、しておくからな」
きっと、帰るまでカイトは凌牙を離しはしないだろう。