ナッシュ消失後捏造

「……」

目を開くと、そこは白く靄が掛かる先の見えない場所だった。辺りを見回しても見えるものもなければ、なんの音もしない。
足元に敷き詰められた白い石畳が唯一の進むべき所への道標だ。

凌牙は足元の感触を確認し、ゆっくりと見えない道の先へ視線を向けた。
この場所が何処であるか分からない。地獄への道だろうか、と想像しては嘲笑が零れた。地獄への道だと言うのにおどろおどろしくないとは。
兎に角、立ち止まっている訳にもいかない。真っ直ぐに伸びているらしい石畳の道を彼は一歩一歩踏み締め進む。

どのくらい歩いたか。
十分か、一時間か。時間の感覚はあやふやだった。道は未だ続いている。
歩んでいる間、凌牙は様々な事を思い返していた。
大会で不正を犯し暗い道に落ちたこと。つまらない毎日、息苦しい周囲の視線。あの頃は自分のデュエルだけが心の支えだった。
そんなくすんでいた凌牙の世界は、後輩とのデュエルで突然色鮮やかになったのだ。

懐かしいと感じた時、靄の向こう側から誰かが歩いてきた。

「お。ナッシュじゃねぇか!」

「……? ギラグ」

ギラグは凌牙の姿を確認した途端、明るく片手をあげ凌牙を呼んだ。そして大きな身体を少し屈め笑った。

「なーに辛気臭い顔してんだよ」

「そんな顔してたか」

「悩んでるって顔してたぞ」

眉間に皺が寄ってる、と豪快に笑いギラグは凌牙の頭をその大きな掌でぐしゃりと撫でた。
悩んでいると言われるとは、可笑しなものだ。

「はは!そう背負うなって」

「……、お前の手はでかいな」

「お。そーか?お前が言うならそうなんだろうな。ナッシュと違って俺は筋肉がある……冗談だ拗ねるなよ! む、いかん。そろそろ俺はいかないといけないようだ」

頭を撫でていた重みが消え、視線をあげるとギラグの困った顔があった。
彼は何に急いでいるのか、不思議には思ったが凌牙はそっと口をとじた。

「すまねぇな、ナッシュ。まだ話足りないんだがよ」

「いいさ。……ギラグ。話せて、良かった」

「俺もさ。じゃ、またな」

もう一度すれ違い様に頭を撫でられ、ギラグは大きい身体を揺らし凌牙が来た道を戻るように消えた。

「……」

靄に消えたギラグを視線で追うが、やがて凌牙は再び行き先の分からない道を歩き始める。

眩い輝きを持つ後輩とその傍らにいる半透明の青年によって、凌牙の周囲は明るくなっていった。
それと同時に、様々なトラブルに巻き込まれたし首を突っ込んだりもした。
彼自ら行動を起こすのは、存外あの後輩を気に入っていたからだ。

「うお!? ナッシュ!」

「アリトか」

前方の霞から小走りに走ってきたのはアリトだった。まるでジョギングでもしているかのような走り方に、凌牙は自然と口許を弛める。

「お前はいつも明るいな」

漸く小走りを止め凌牙と向き合うアリトへ常々思っていたことを告げると、彼は気恥ずかし気に笑んだ。

「俺、ポジティブだからなぁ!」

「そうだな。アリトは何時も前向きだ。……俺には出来ない考えかもな」

「あー、ナッシュは気難しいから……ってやべ!急いでるんだった」

「だから小走りだったのか」

「おう。んじゃ、ナッシュ、またな!」

そうしてアリトもギラグ同様、凌牙の歩いてきた道を小走りに手を降り走っていく。

彼等が何に急ぎ、凌牙と挨拶を交わしていくのか、理由は分からない。だが凌牙は気にはしなかった。彼等とまた話せた。その事が酷く幸福だったから。

凌牙はアリトを見送り、歩き出した。

「……」

悔やんだことも憎しみもあった。だが、それらの凌牙の苦しみを後輩は受け止めた。
デュエルが終われば、楽しかったと言って笑うのだ。前しか向いていなくて、爛漫で、どうしようもないお人好し。

「? ナッシュ」

「今度はミザエルか」

走馬灯か何かか、と思ったが、この空間に来てから見るのは走馬灯とは言わないのだろうか。曖昧な線引きに自己問答しながら凌牙はぼんやりとミザエルの羽根のような髪を眺めた。

「どうした、私に何か付いているのか」

「……いや。考え事をしていた」

「ふん。お前らしいな」

腕を組み、ミザエルは彼らしい笑い方をしてみせる。そう言えばミザエルと腕を競った銀河眼使いのアイツも同じような笑い方をしていた、とふと思い出す。
恐らく、ミザエルと彼はどこまでも似た者同士だったのだろう。

「ーーそう言うミザエルは、随分スッキリした顔をしているぞ」

「ああ、確かに憑き物は落ちたかもしれない」

そうか、と凌牙は僅かに目元を弛め。そうだ、とミザエルが晴れ晴れとした表情で応える。

「さて、私はそろそろ行こう。……ナッシュ」

「なんだ」

「私はお前と出会えて良かったと、心底そう思っている」

「!」

またな、とミザエルは瞠目する凌牙の横をしてやったり顔で通り過ぎた。


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