きっともうすぐ鐘が鳴る
忘れる訳なんかない。
大好きだったんだから。
「ま、まって!……っ、ま、て」
街頭の少ない夜の街で必死に私は伊佐敷の背中を追いかけながら、心がふわふわ中に浮きそうでどこか不安な気持ちと嬉しさがシャボン玉のように溢れそうになる。
まって。まだ、いかないで。
高校の時から大好きな人がいた。
少しでも一緒にいたくて、野球部の応援や練習の見学だってした。
でも不器用な奴だった私は時折訪れる彼との幸せな二人っきりの時間にはいつも相手を傷付けるような言葉ばかりが出て、2人喧嘩ばかりをしていた。
それでも、彼との話しで得た誕生日情報や好きな食べ物などを覚えて1人幸せに浸かっていた。
それだけでよかった。
伊佐敷、
私は今ならたくさん話せる、傷付けることもないよ。
昔より大人になった。ちゃんと話せるんだ。
そう思っていたのに、会えなくなってからもう5年の月日がたとうとしていた。
「まって、って、ばっ、なんで逃げるの〜っ!」
歯を食いしばって、走る伊佐敷の昔より、広く大きくなった背中を追いかける。
現役では無いはずなのに!
やっぱり元野球部の伊佐敷と帰宅部だった私では体力の差があるのか、距離がどんどん開いていく。
先輩に誘われた誕生日会に参加したお店で偶然にも伊佐敷に出会った。
もしかしたら、なんて淡い期待なんて遠に諦めていたから
沢山の友達や先輩に囲まれて仕事をこなす伊佐敷の手際は器用で、今と昔じゃやっぱり違うのか。なんて思った。
それ以上に、涙が込み上げてきそうになった。
会いたかった。
会いたかったの。
伊佐敷の記憶には私なんてただの喧嘩友達で、可愛げなくてもいい、記憶に微塵も残ってなくてもよかった。
それでも忘れられなかったの。
終止符の付けられなかったこの初恋に決着をつけたかった。
それのにどうして伊佐敷は私と目があった瞬間仕事もほっぽりだして、逃げ出したりしたのか。
一瞬唖然とした顔で私をみて、もっていた食器を後輩らしき人に押し付けて、慌てて声をかける店の人も振り切って。
人気の無い道を通って。
どうして逃げるの。どうして?
ふ、と足がツキツキした痛みに襲われて足元を見ると血が滲んでいた。
思えば今日は先輩の誕生日会だから、と新しいヒールを履いてきていたのだ。
一度自覚した痛みはどんどん大きくなっていて、追いつけない大きい背中がじわりと滲んで、世界がぐにゃりと歪む。
倒れる、と思った瞬間強い力に引っ張られて、何かにぶつかった。
「っ、ぶねぇ、な」
あの頃を思い出させる少し低い声。
「い、さしき、」
「……………おう」
「っ、久しぶり」
私をしっかり立たせると伊佐敷ははー。と大袈裟に息を吐いてその場にしゃがみこんだ。
「……私の事おぼえてる?」
「……………おう」
「よかった、」
「山田だろ、覚えてる。……忘れる訳なんて、ねぇよ」
え。
ふ、と顔をあげて、伊佐敷は笑う。
「忘れる訳なんてねぇよ。お前のこと。」
きゅう、と胸が苦しくなる。
フンッと鼻をならして、あー。とまた大袈裟に息をつく。
ゴツゴツした手が私の手を遠慮がちに掴む。
大好きだった。
ずっと、何よりも、何よりも、伊佐敷の事だけを考えていた。
「お前、足。」
「え、あぁ、うん。」
「うん、じゃなくてな、ほら」
背中を私に向けると、乗れ。という。
どき、としたけどそんなことより、私は聞きたいことがあった。
「なんで、逃げたの……?」
聞くと伊佐敷が真っ赤になって振り返った。
「なっ、……っ、びっくりした、しなんかお前かわいい、し」
「はっ!?」
「んだよ」
「馬鹿じゃないの!!」
「あぁ!?」
あーもう、全然成長してないじゃん。
「あーくそ、バイト、クビか……おいお前のせいだぞ」
「………なんでよ」
「俺の店に来るから」
「はぁ?ってわ、ぁ」
伊佐敷は憎まれ口を叩きながら私を無理やり背中に背負わせるとバイトの制服のまま走り出した。
「戻るぞ」
「……うん」
「……好きだ」
呟かれた言葉に私は小さく頷いて伊佐敷の背中に擦り寄った。
私も。
。
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