スランプ
「幸村くん、今度のコンクールの絵のことなんだけど・・・」
そういわれるたび、一瞬表情がこわばる。が、すぐに得意の作り笑顔でこう、対応するのだ。
「ああ、もうすぐできます」
外は雨がふっていた。どうにも気が散って、窓をながめる。春に近くなったといってもまだまだ枯れ木が目立って仕方がない。
カンバスの下絵らしきものはきっとすぐに消してしまうのだろう。
美術室はとても静かで、あの賑やかな部室とはまるでかけ離れていた。先生は俺を思っての配慮なのだろうが、逆にプレッシャーとなって襲いかかってきていることは気づかないのだろう。
そっと、冷たい美術室から出て、屋上に出る階段へむかった。雨だから、だれもいないだろう。
薄暗い階段を一段ずつしっかりとかみしめて登ってノブに力を込める。きっと開いてはいないだろうと結構な力を込めたのだが案に相違して簡単にドアは開いた。
こんな雨なのに、だれかいるのだろうか。
「幸村」
「に、おう・・・」
彼の顔をみてすぐに苦笑いへと変わってしまった。どういうことだ、これは。
仁王は片手にシャボン液がはいっているのであろう緑の容器をもっていた。もちろんもう片方ではすでにシャボン玉を膨らませている。
いつもの髪の毛はへにょんと垂れ、見る影もない。
「こんな雨なんに、どうしたんじゃ」
「それはこっちのセリフだよ。なんでそうまでしてシャボン玉したいわけ?」
仁王は少し考えてから、きれいな丸を一つつくってにっこりと笑った。
「消費期限が近いからじゃ」
「・・・バカじゃないの」
そういうと先ほどとは打って変わって頬を膨らませ、幸村にはかさん!と柵のほうを向いてしまった。シャボン玉はすぐに雨にあたってはじけ、生産され、はじけ、を繰り返している。何がおもしろいというのか。
「とういうか、雨なのによくそんな膨らませれるね」
「ん?ああ、コツがあるんじゃよ」
コツねぇ。普通は作っている途中ではじけてしまうのではないか。
仁王は細くして笑っていた目をさらに細くし、シャボン玉ストローと呼ばれるらしい、緑の吹き棒をこちらに向けた。
「幸村には、できんよ」
・・・なにそれ。
先ほど仁王がそうしたように今度は俺が頬を膨らます。
ほれ、とストローをくわえた仁王は続けた。
「よく見てみんしゃい」
ぷくりと生成されるシャボン玉は虹色で、雨が透き通ってきらきらとひかっていた。それから、ぱちんと破裂した。
「きれい・・・」
「じゃろ?これじゃから、雨の日のシャボン玉はやめられないんじゃ」
「ありがと!」
「は?」
すっかり濡れて変色した上靴に力を込め、前進する。びゅんびゅんと風が俺を追い越しテニスをしていたころより早く走れた気分になる。
描きたい、描きたい。絵が、描きたい・・・!
もどった美術室は冷たくなんかなくて、たった一つ、ぽつんと白いカンバスが俺を迎えてくれた。