二万J
漁業で賑わうハルジオンにある一軒の魔法屋で、外に聞こえるほど大きな声を響かせる女性が一人。
「えーっ!!?」
彼女の驚愕の声に、目の前にいた店主は何処か苦い笑みを浮かべた。
「この街って魔法屋一軒しかないの?」
腰に手を当てて眉を潜めるルーシィは、おそらくこの街に初めて来た旅人なのだろう。
魔法屋の店主は信じられないと言うような瞳で己を見てくるルーシィに、ハルジオンの事を説明し始めた。
「えぇ…元々魔法より漁業が盛んな街ですからね」
賑やかに魚介類を売買したり調理をしたりする街の人々は、魔法とはあまり関わりのない人々ばかりである。
「街の者も魔法を使えるのは一割もいませんで、この店もほぼ旅の魔導士専門店ですわ」
そう言って苦笑する店主は、落胆の声を上げて短く溜息を吐くルーシィの様子に眉尻を下げた。
魔法屋が此処しかないという事を知り、がっくりと肩を落としたルーシィはやれやれと首を左右に振る。
「無駄足だったかしらねぇ…」
ハルジオンの魔法屋の少なさを知らずに来た彼女にとっては、無駄足であった事には違いない。
くるりと踵を返し店を後にしようとしたルーシィだったが、店主は久しぶりの客人である彼女を慌てて引き留めて店にある魔法道具を進めた。
「まぁまぁそう言わずに見てってくださいな。新商品だってちゃんとそろってますよ」
そう言って手近にある物をあれこれと手に取り実際に使ってみたりと説明をし始めるが、興味が無いルーシィは全く聞いておらず。
適当に目に付いた物を少し見るだけですぐさま別の道具の場所へと移動する。
「あたしは門の鍵の強力なやつ探してるの」
チャリ…と腰元につけてある鍵の束を指で優しくなぞり、ルーシィは門の鍵が置かれているショーケース前で視線を行き来させた。
「門かぁ、めずらしいねぇ」
門の鍵を使うのは星霊魔導士の他に誰もいない。
珍しそうな表情で眺められている事に気付いていないルーシィは、あ、と声を漏らしとある鍵の前で足を止める。
「白い子犬!!!」
きらりと瞳を光らせて鍵を指さすルーシィの喜ぶ様子に、店主は"白い子犬"という鍵の星霊を思い出し首を傾げた。
「そんなのぜんぜん強力じゃないよ」
「いーのいーのっ探してたんだぁ〜」
全く強くもなく、そして殆ど需要がないと思われる星霊の鍵を見つめる店主はルーシィに言う。
が、しかし、ルーシィはよほど欲しかったのか表情を輝かせている。
「いくら?」
値段が書かれていない為に、ルーシィは財布を取り出しながらも店主に聞く。
すると、店主から値段を聞いた途端に先程まで柔らかだったルーシィの表情が少し固まった。
「二万J」
そう値段を伝えルーシィを見上げる店主に、少し固かった彼女の表情が更に固くなり、そして張り付いた笑みが浮かべられる。
ニコニコと笑いながら、不思議そうな眼差しを向けてくる店主に再度質問をするルーシィ。
「お・い・く・ら・か・し・ら?」
「だから二万J」
今度は先程の言い方より少し言葉を強調して聞いたが、店主の答えは依然として変わることはなく。
繰り返され全く変わらない値段にルーシィは悩ましげな溜息を吐き、くっと腰を曲げて胸を主張するように腕を組むと、妖艶な笑みを浮かべる。
「本当はおいくらかしら?ステキなおざさま?」
どうやら彼女は、白い子犬の鍵の値段を下げて欲しかったようだった。
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