「ねぇ靖友、これ塗って」
「最早疑問系ですらないんだネ。別にいいケド」
「ありがとー」
ソファーに腰掛け、荒北に笑みを向け、ある物を差し出す女。女が荒北に差し出したものは赤いネイルカラーであった。毒々しいまでの真紅、蠱惑的な笑みを浮かべる名前に似つかわしい色と言えるだろう。
「早く手、出してよォ」
「手じゃなくて足がいいなぁ」
「足ィ?」
「うん」
荒北は「ハァ、」と溜息を一つ吐くとソファーに座る名前の前に跪いた。ネイルカラーの瓶を開けた。部屋中にシンナーの臭いが充満し、その臭いに荒北は顔を顰める。名前は相変わらず笑みを浮かべたままだ。
「ひゃっ、靖友の手… 冷たい」
「ちょっとォ、動かないでくれるゥ?」
荒北の手の冷たさに名前はぴくりと身を動かす。荒北は名前の反応に迷惑がるような声をあげたものの表情はその真逆と言っていいものであった。新しい玩具を見つけたような顔、そう形容するのが丁度いい笑みを浮かべていたのだ。
「なんで、触るかな、っ、ゃ」
「触らないと塗れないしィ」
荒北は当初の目的であったネイルカラーを手近なガラステーブル上に置き、名前の足を触り始めた。名前の静止の声を無視し、楽しげに手にした足を触り続ける。
「大人しくしないと塗れないヨ」
「だって、靖友が触る、から…!」
「人のせいにしちゃうンだァ」
名前の足をつーっと焦らすように触る荒北。足に力が入らずに言葉でしか抵抗の意を示すことが許されない名前。荒北の手の冷たさ、視線、その全てが彼女の理性を侵食していく。
「おしまァい。塗ってあげるネ」
「…、えっ?」
「だって塗って欲しいんデショ?」
テーブルに乗せたネイルカラーをこれみよがしに掲げる荒北。名前は本来自分が荒北に頼んだ事柄を思い出し、羞恥に頬を染める。そんな名前の様子を荒北は至極満足気な表情で見つめ、彼女の耳元で言葉を零した。
「終わったら、いーっぱい可愛がってあげるネェ」