重なる面影
青+黒
競うように鳴き始めた蝉の声をBGMに行きつけの本屋に入る。やる気があまりなさそうな店員も、古い建物のわりに充実した新刊もいつも通りだ。逸る気持ちを抑えてお目当てのコーナーに移動する。
様々なスポーツ雑誌が並ぶ一角、そう、今日は月刊バスケットボールの発売日だ。今月号は普段よりボリュームがあるらしく、少し重い。表紙の外国人選手、少し青峰君に似てますね。黒いところですとか、黒いところですとか。
どちらにも失礼な考えを流して、本を裏返す。目に飛び込んで来たのは税込千二百円の文字だった。
まさかそんな。増やされたページの分足されたであろう金額がずっしりと僕の肩にのしかかる。祈りを込めて財布を覗けば絶望が転がっていた。合計、八百七十円。当たり前だ、いつもなら八百円で買えるのだから。この憤りはどこへぶつければいいんですか。カントクの料理なみに酷い横暴です。
結局、何も買えずに書店を出た。諦めきれずに窓一枚隔てて並べられた本を眺める。手に入らないと分かると尚更輝いて見える気がした。山積みされた表紙が恨めしい
「何やってんだ? テツ」
硬いテノールに振り返れば不審者を見るような顔した青峰君。
すぐ真後ろまで接近しているところをみると僕は随分周りが見えなくなっていたらしい。
「月バスを買うお金が足りないんです。今月号は増ページとか千二百円なんです……」
下がりきったテンションが移るかの如く青峰君も眉間の皺が更に深まって見る見る表情が翳る。
「……千円ジャスト」
ぼそりと呟いた彼の言葉には未練がましさが篭っている。揃ってため息をつけば、珍しく気があったななんて苦笑された。
はぁ。しかし諦めきれない。部活帰りに来たせいで外ももう暗く、青峰君が自然とミスディレクションする時間帯。早く帰らなきゃならないのは分かっている。でも。
「なぁテツ、半分こしねぇ?」
唐突に殆ど確定の響きを持って提案がなされた。気遣いをしなれていないのか、照れたように頬をかく仕草が懐かしい。
「いいんですか? 君、バスケ雑誌なら買って貰えるんでしょう?」
青峰君のお母さんは厳しい人だが彼のバスケ関連の物は大抵買ってくれる。その代わり普段のお小遣いが少ないのだが。僕は多めに貰う代わりに追加で貰える事はない。だから青峰君の申し出は驚きはしたが嬉しいものだった。
「ババアに言うのも面倒くせーからな。ほらさっさと行くぞ、テツ」
「ありがとうございます。今月号はNBA特集ですよ」
僕の一歩前を、それでいて置いて行きはしない速さで歩き出した彼はどこかバスケ馬鹿だった頃のような無邪気さが零れていた。
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