いらないだなんて嘯いた


 リンがいつものように歌を歌った。伸びやかで少し癖のある声。珍しくソプラノの曲を歌っていたから、ハモらせる事もなく聞き入る。リンの音を聞くと例えどんな素晴らしい音楽を聴くよりも心地よくなれた。それが僕らのシンクロによるものなのか、ただの嗜好によるものなのかは分からないが。
 思わず口の中で音を転がしたせいで、リンが気持ちよさげに閉じていた目を大きく見開く。

「あ、レン」

 楽譜から目を逸らし嬉しそうに駆け寄ってくる彼女を優しく抱きとめた。視界が金色に溢れ鼻腔が甘い匂いに満たされる。リンにとっては家族愛の表現方法であるこれが僕にとっては至福の時間だった。軽く抱きしめた腕を解いて、リンが微笑みをたたえて喉をならした。まるで猫みたいだ。気まぐれによって甘えてくる彼女に辟易していたが、嫌なのかと聞かれれば答えはノーだ。

「いつから見てたの? 一緒に歌ってくれればよかったのに」

 声はやや不満気だが、顔は笑っている。歌っている時より更に深い笑みが僕に向けられていて、それが心臓の鼓動を早くする。どくんどくんと、存在を主張するそれを特に抑えようとは思わない。人間でいう恋愛感情に当たるこの感情を受け入れて勝手に上がる体温。片割れであるリンに恋していたって、リンに気づかれなければリンの幸せは変わらない。リンの世界には歌のための楽譜と、時に協力し時に競い合う仲間、そしていつどんな時でも傍にいる片割れしかない。僕も組み込まれているが、それは僕であって僕でない。リンが欲しているのは鏡音レンであって、僕ではないのだ。どんな時も支え、またはリンが支える鏡音レンでさえあればそれは僕でなくても構わない。
 ……諦めたことを言いつつも、本当はリンの本当の意味での特別を望んでいるのだけれども。

「うーん。リンの声があんまりにも綺麗だったからさ」

 強ち嘘でもない気障な台詞を冗談めかして言えばレンってばふざけないでよ、だなんてお決まりの言葉。同じ音源から枝分かれしたはずなのに、僕とは違うからからとした笑い声が気持ちよい。きっと、僕を壊すのも生かすのもリン次第なのだ。それほど依存した感情が僕にはある。何時からかとか、なんでだとか理由だなんて説明できないけれど。別に、説明なんか出来なくて大丈夫だろうという根拠のない確信もあることだし。
こっそりとリンに分からないように口角をあげる。そんな僕にはおかまいなしにリンは無邪気さを振りまく。

「レンも今度は一緒に歌う? 一応マスターにレンパートの分も楽譜貰っといたんだー」

 操作音を鳴らしてリンが取り出した楽譜は確かに僕に向けて作られたもの。リンが僕のを用意してくれていただけで、リンにとってはパートナーとして当たり前の行動だというのに嬉しくて仮初の肉体が嬉しさに支配される。

「うん。今度マスターに見せられるように練習しとこうか」

 リンが愛しくて、でもリンを苦しめたくはないからこの思いは告げられない。彼女のプログラムには恋愛感情なんてない。いや、歌を歌う為にインストールされている恋愛感情はあるが彼女自身のものではないのだ。ならばいっそ僕にもいらなかったのに。


 そう呟く声はリンには聞こえないまま。

[ 40/77 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -