またあのお祭りの日に

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 春が来て、夏が来て。暑くなる日々が思い出させるのは二年前のあの日。祭囃子にかき消されてきた日常を漸く取り戻したあの日の事だった。

「梨花ー! 置いていきますのよ!」

「ちょっと待って下さいなのです。沙都子はせっかちなのです」

 年に一度のお祭りの日。浮かれた空気は村全体を包み、じわじわと押し寄せていた湿気を振り払うような都合よい晴天の日だ。羽入と沙都子を待たせて取りに行ったのは麦わら帽子。二年前、赤坂の奥さんから貰った大切なものだ。彼女が以前使っていたものだから、少し大きかったけれど最近ではそれほどぶかぶかではなくなった。

 ……正直、初恋だったと思う。赤坂は私のヒーローで、何年も待ち焦がれた救世主で。だから雪絵を助ける事に躊躇いがなかったとは言わない。いくら運命を打ち破るためと格好つけたって、彼女さえいなかったら、という気持ちがなかった訳じゃない。だけど、彼の幸せそうな表情を見たら私の迷いなんて簡単に吹き飛んだ。どうせ伝わっていない思いなら、胸に仕舞っておこう。そう決意するのは容易かった。百年も色々な事を諦めてきたんだもの、一個くらい増えたって変わらない。

 太陽の眩しい日向に飛び出す。先に待っていた二人の笑顔に釣られて笑顔になった。じゃれあいながら進むのは誰ひとり変わらない四人、いや今年は五人のもと。
 レナ、魅音、詩音、圭一、悟史。ついに目を覚ました悟史の綿流し初参戦が今年だから例年以上に盛り上がる事は火を見るより明らかだ。高校生になった五人はバラバラの高校へ進んだけれど小まめに連絡を取り合い、私たちと遊んでいる。緩やかな別離はあるが、それは大人になる為の準備段階であると思う。

「あっ、レナ達なのです!」

「羽入ちゃぁああああん!!!!!」

 お約束のように可愛いモードに入ったレナに羽入が拉致される。苦笑しつつ止めに入る魅音と圭一。

「やめとけってレナ。まだ祭りは始まってすらないんだぞー?」

「そうだよ。そんなんじゃ今年の最下位は確定かねぇ?」

「はぅー! 負けないんだよ? だよ! 羽入ちゃんも沙都子ちゃんも梨花ちゃんも皆お持ち帰りするんだから!」

「相変わらずですねぇ……」

「沙都子を取られちゃうのは困るかな」

 呆れる詩音と少しズレた回答を寄越す悟史。公然手を繋ぐ二人は雛見沢でも有名なカップルだ。よくあの葛西が許したものだと思う、と人ごとながら感心する。 
 何はともあれ、いつもどおりの、いやいつも以上の皆を見てテンションが上り坂を転がるようにハイになっていく。

「今年も楽しみなのです! 僕の演技も気合が入るのですよ!」

「あぅあぅ、梨花の勇姿をしっかりと目に焼き付けるのですよ。そのための準備は抜かりないのです」

 ごそごそと懐からカメラを取り出す羽入。あいっかわらず恥ずかしいわね。照れくさくって小突いた様子をニヤニヤと魅音に笑われる。くそう。

「あれまー梨花ちゃん、いい父兄役が出来たねぇ!」

「くくっ、俺たちだって負けてねぇぜ!」

 レナと圭一も鞄の中からカメラを持ち出すと、詩音も悟史も挙句の果てに沙都子までもが各々自分の分を取り出した。
 ……こそばゆいを通り越して、なんだかもう笑ってしまう。

「梨花の晴れ舞台ですもの、当然ですわー!」

「ふっ。流石我が部の部員達だよ……」

 そして魅音が取り出したのは一眼レフ。周りが一斉に歓声をあげる。

「僕もバイト頑張ったけど、魅音のには適わないな」

「うぉぉおおおお! その艶、そのフォルム、男のロマンってやつをお前はわかってるぜ!」

「お姉、あんたエンジェルモートのバイト増やしてたのはそういう理由だったですね」

「魅ぃちゃんってばすごいよう……。はぅう」

「魅音に負けたのです! 今度はもっとすごいのをお供えしてもらうのです!」

 祭りが始まる前からこの熱気。本番になればこれの十倍は盛り上がるのだから恐ろしい。

「勝ち負けじゃないのですよ、皆が僕に注目するので恥ずかしいのです」

 にぱーなんて久しぶりに笑ってみる。

 笑って、安心して綿流しを過ごすのはこれで三度目だけれど。当たり前の楽しさが、仲間が、こんなにも大切だと気づかせてくれた運命には感謝すべきなのかもしれない。
 ずっとずっと子供のままではいられないけれど今だけは全員で遊べるこの世界を楽しむ事くらい許して頂戴。もう一生分の厄介を私は支払ったのだから。



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