希望の成れの果て

ジルジャン



 滑稽なほど彼女は純粋だった。純粋、といえば聞こえはいいが人を疑う事を知らないというのはとても生きにくいということだ。いくら綺麗事を並べても欺瞞と悪徳が蔓延ったこの世で正直であるという事は馬鹿馬鹿しい。ジル・ド・レェはそう認識していたが実際に口に出した事は一度としてなかった。ジャンヌダルク。十六才で重すぎる運命を背負っているその少女が幸せな想像を抱いて生きているならあえて壊す道理もなかった。自己満足であっても少しでも救世を掲げる彼女の救いでありたかった。実際に救われているのが自分の心だとしても、ジルは理想を叫ぶ。

 ジル・ド・レェは己の身の程を弁えている。自分はジャンヌの影であり手足なのだ。彼女に対して意見することはしなくていい。ただ彼女の意に添った働きを見せればいいのだ。それが心酔とも呼べる敬慕を寄せている少女への一種の愛だった。端から見れば異常の愛も、当人にとってみればどこまでも真っ直ぐな尊敬である。聖女だと祭られた少女への偶像崇拝と同じ愛の向け方ではあるがジルの愛情はストレートだった。

 別に、自分が幸せにならなくてもよいとジルは思う。彼女が彼女の理想を貫けるなら、その為の打ち捨てられるものになってもよい。ただ、彼女が信じる神が存在するのなら自らの為に全てを投げ打った少女を救って欲しいと思った。救世だと夢を語り無辜の民が幸福であれと笑う少女はこの汚れた乱世に舞い降りた神の使いであるとジルは信じていた。神がいるのかなどは分からない。目の前の敵を斬り伏せてきただけのジルには自分の目で見た世界が全部。強くあれと握った武具と守りたかった、守れなかった大切なもの。零れ落ちたかつての記憶を振り払いジルは進む。進む以外に道はないのだ。後ろを振り返ればあるのなら誰かの亡骸。敵か味方かなんてとうの昔に思い出せなくなっている。
 だからこそ、無垢に朗らかに笑うジャンヌこそが世界であり真理である。救い、なのかもしれない。贖罪であるかもしれない。
思考を放棄した愚か者だと笑いたければ笑うといい。誰よりも彼女の近くにいられるのならそれで構わない、そう思う。やつれた顔と、硬くなった掌。以前のようには決して戻らないけれど後悔はないのだから。
 この国の独立を保ち、神の法が守られた国家を作る事がジャンヌの使命なのであれば自分はそれに殉じれる。英雄だとか、救世主だとかいう肩書きは不要であって、何より必要なのは彼女が掛けてくれる言葉の一語一語であり、彼女の挙動だ。自分の無力さを知りながら尚立ち向かおうとする少女の後姿は例えようがなく眩しい。その光に憧れて誘われて進み、果てるのがジルの希望だった。
 夢も希望も願望すらなく生きる為に生きていた時とは違う、胸を満たす何かと共に死ねるのなら、このぼろぼろになった身体が動かなくなるまで使役しよう。彼女の手足であると自負している自分だからこそ最後まで彼女を信じる。彼女の言葉が法であり彼女の導きが生涯の道しるべだ。

 最早願望でしかない想いを胸に抱きジルは剣を取る。
 民衆、平和、国。
 どれも知った事か。鈍く光る刃に映る自分の顔の表情は見えない。特に見ようともしないまま甲冑をまとい、血塗られた戦乱に身を委ねる。濁った赤が大地に沈む世界に。自分はジャンヌの振るう剣の一つでいい。無数に存在する支えの一つ。省みられる事が無くとも、ジルの一番の幸せはジャンヌの傍にあることなのだから。




[ 66/77 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -