忠誠の騎士

槍剣




……主から渡された大きめの黒いコートを羽織り、出来るだけ目立たないようにしていたのだが。この顔の呪いはつくづく厄介だ。周りの黄色い声をあげる人だかりにため息を吐きそうになる。いくら女性といえど囲まれてしまえば身動きは取れない。むしろ多少荒く押し返せる男の方がまだマシだった。
ああ、このままではまた主にお叱りを受ける。マスターでもあり今回の聖杯戦争で忠誠を誓っているケイネス様は未だに俺の事を信じては下さらない。それどころか槍の英霊としての力も疑われている。それが一番悔しくて、でも主が悪い訳ではないのだと理解してはいるのだ。現にマスターから言い渡された市情視察も行く手を阻まれ満足に出来ないのでは信頼を獲得出来なくても仕方がない。
だからこそこの状況を打破したいのだが。一向に進ませてくれないご婦人方に、いい加減苛立ちを覚えそうだ。確かにこの顔の呪いは強く、抗いがたいのかもしれない。だがしかし、己の確固たる意思を持って自我を保つことは出来ないのか。――そう例えばかのライバルのような。

「すまない、通してくれ。彼は私の連れだ」

 凛とした声が耳に届く。今まさに想像していた、少年のような容姿のセイバーが人混みを割って俺の手を掴んだ。剣を振るうには細過ぎる腕に引っ張られたまま人だかりを抜ける。艶やかな金糸を靡かせながら素早くセイバーは路地裏にたどり着いた。ふぅ、と捕まれていた手を離される。少し温いと感じていたのに離れた瞬間とても冷たいと思った。少し赤らんだ彼女の頬に自分でも恥じ入るほどどきりとする。

「大丈夫だったか? ディルムッド」

「あ、ああ。ありがとうセイバー」

 敵味方の区別はあれど、今のように手を差し伸べる。これこそが俺の、俺達の騎士道だった。誰に理解されなくとも、互いのマスターの共感を得られなくとも。

「貴方の魅了は実に大変だな。視察には向かないと思うぞ」

 やや呆れたように言うセイバー。世の中の人全てが彼女みたいに対魔力を備えてくれれいれば良いのに。類稀なる運命に選ばれて精霊に愛された彼女ほどはいらないかもしれないが。
 どうしようも無いことで悩むなど、相変わらず俺も女々しい。俺が生まれを選べないのと対魔力を蓄積していない人間がいるのは関係ない。所謂八つ当たりのような気持ちを抱いてしまい、少し後味が悪い。
頬をかき誤魔化すように話題をかえる

「そうだな。ただ主の命、背くわけにはいくまい」

今度こそは忠節を貫き抜くと決めたのだ。例えどんなに理解を得られなくとも、いつかは俺の忠誠が届くはず。聖杯を勝ち取り、ケイネス様にそれを献上出来た時こそ騎士道を完成されるのだ。

その為にはこの好敵手である彼女を倒さなければいけないのだけれども。胸の奥がちくりと傷んだ。相手に不足はない。むしろ、巡り会えた事に感謝すべきほどの人物だ。しかしながら手合わせを願える機会は数度しかない。
曇りのないセイバーの眼か逆に悲しくて思わず目を逸らした。

「ディルムッド?」

 ああ。何故俺はこの清廉な騎士と共に夢を語る機会すら与えられなかったのだろうか。初めて語り合いと思った女だった。高潔で清純。だが一度剣をとれば勇猛に吼える騎士王。そんな彼女に魅力を感じているのを心では理解している。どうしようもなく、友情以外の情を感じているのは俺が一番よく分かっていた。

「大丈夫だ。本日は助かった」

 だが、俺の騎士道を曲げる事は出来ない。主に聖杯を捧げる。その為にこの感情は邪魔でしかないのだ。コートを直すふりをして視線を落とす。真っ直ぐに好敵手として俺を見てくれているセイバーにも、この感情は失礼だった。

「では。戦場であった時には加減はなしだぞ」

「お互いにな!」


 そう言って笑ったセイバーは、やはり一番輝いていた。




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