呼吸

神リナ



 神田の隣は安心する。無愛想で、無遠慮な彼の隣は気を使わなくていい。辛い事があったときも黙って一緒にいてくれる。泣き腫らした目をしていても何も聞かないでいてくれる。筋肉質の細身の身体を引き締めて座禅を組んでいる神田の傍は聖域のように辺りからかけ離れていた。

 昔はそれが、とても良いと感じていたのに。今でも嫌なことがあれば神田の隣へ行く。それは変わらない。だけれど昔と変わらない神田に思う私の気持ちには変化があった。
 気にして、欲しい。気を使うのは苦しい。だけれど、気をいや意識して欲しい。現実逃避をしにくる私の悩みを下らないと切り捨てて口の端を上げるだけのあの皮肉った笑みを見せてくれないかな。屈折した気持ちを整理しきれないでいるのは嫌だったから、本人に言おう。 
 そう、思ってはいるのだけれど。
 自分でも説明つかない感情を言葉にするのは難しかった。兄さんがたまに作る、あの失敗してしまった料理の味を説明するのとおんなじくらい。……流石にひどいことを言ったかもしれない。


「神田」

「ああ?」

 少し眉根を寄せている。不機嫌そう。だけど不機嫌じゃないんだよね。長い付き合いの中で自然と心の動きが分かる。その事にちょっとだけ、優越感を覚えたり。

「んだよ」

「……ユウ君」
「斬るぞ」

 真顔で六幻を抜刀しかける辺りが彼らしい。ごめんなさいと呟いて座りなおすふりをして距離を詰める。ひと一人分の距離が限界だった。

 下の名前を初めて知ったのは五年くらい前。兄さんがこっそりと教えてくれた。怒るから内緒だよって、悪戯をする子供の顔で笑う。兄さんが私の為に捨ててしまった時間の顔が見れた気がして嬉しかった。何度聞いても教えてくれない神田の名前を知れて嬉しかった。だけど。だけど。
 自分には教えてくれなかったのに、と駄々を捏ねる自分もいた。笑って相槌を打てたけれど、それでもやっぱり悔しいような焦れるような。既に神田の隣は私にとって楽に息ができる場所になっていてたから、神田にとってはそうではなかったのだと落ち込んだ。

 過去から変わらない神田。まるで女の子みたいに艶やかな黒髪にお揃いを見つけて嬉しくなる。

「何笑ってんだ」

「教えないよ。神田には絶対」

 あ、またちょっぴり不機嫌になった。楽しい、かもしれない。じわじわと寄っていく。肩に頭を乗っける。嫌そうなオーラがより一層伝わってくるのに、払いのけはしない神田に甘えるように休憩をとる。兄さんやアレン君たちとは違う、落ち着ける場所。

「くっつくな、暑苦しい。それに俺はコムイに怒鳴られんのはごめんだ」

 ひどい。兄さんと私、どっちが大事なの? 馬鹿みたいな質問をぶつけたらコムイ、って即答された。ひどすぎだよ、神田。
 触れた肩から頭を滑らせて膝に辿り着く。硬くて、寝心地は悪そう。

「瞑想の邪魔だ。退け」

「いーやーだー」

「……ガキかお前は」

 どうやら無視することに決めたようで、また神田は目を閉じた。睫毛、長いなぁ。下からまじまじと見上げた顔はびっくりするくらい整っている。次に邪魔をしたら今度こそ部屋から追い出されるから、何もせずに身体の力を抜いた。イノセンスも、教団も、使命も関係な時間が、砂時計から零れ落ちる。
 
 凄く硬い膝枕だったけれど、その日はなぜだかよく眠れた。



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