つくりものの心臓


 初期電源が入る。インストールされていくソフト、神経の代わりに張り巡らされたシステムに電気が通る。様々なプログラムが起動されていく。KAITO、製品番号10982。自分の個別コードが視界にセットアップされ、僕は瞼を上げた。



 僕のマスターは、メイコという人物だった。漸くなれてきた生活の合間に一息つく。休憩をとるとどうしても思考が広がってしまうのは癖で、今回の空想と回想はマスターについて。明るい茶髪の髪、それ以上に明るい性格と何ていうか露出が激しい赤い服。大好きなものはお酒と歌らしいが、彼女が歌っているところは見た事がなかった。
 僕にとって初めてのマスターにあたるメイコは起動直後、瞳を覗き込みながらこう言った。

「KAITOよね? 呼びづらいからカイトって呼ぶわよ。それとあたしの事はメイコって呼びなさい」

 意識の覚醒と同時に捲くし立てられた事実にとりあえず頷けばメイコは凄く嬉しそうな顔をした。大人っぽい顔立ちであるのにまるで子供みたいな笑顔。感情プログラムがあまり組み込まれていない僕にはなんと表現すればいいのか分からない。だけど言葉にしたい。伝えきれない中途半端な思いが顔に出たらしく、早速メイコに怪訝な顔をされる。

「ん? 不満でもあるわけ?」

「ない、ですマスター」

「マスターって言うんじゃない!」

 ぱしり。
 わりかし強い力で叩かれた。丈夫に作られているとはいえやはり痛い。恨みがましく見上げれば、またあの顔で笑った。


 それから二週間とちょっと。大分メイコのことがわかってきた。メイコも使いづらい僕を上手に歌わせてくれるようになった。彼女曰く、「あんたって性格通り簡単なのよ」とのこと。……褒められているのかどうか微妙なところだ。
 しかしメイコの技術は正直相当なものだと思う。クリプトンから発売されている六兄弟と通称されるVOCALOIDはKAITO、MEIKO、初音、鏡音、巡音。その中で一番旧型である僕は音質は兎も角使いこなすのに相当な熟練がいる。なのにメイコはあっさりと僕を気持ちよく歌わせてくれた。機械としてでなく、心を込めて歌える。滑らかな声と耳障りのよい音楽。その空間に僕も参加しているという事実が嬉しい。
 でもマスターであるメイコの事はよくわからない。MEIKOと同じ読みをする、という印象だけだったのにあっと言う間にメイコは僕の中に入ってきて、大きくなった。この気持ちがもし楽譜に載っていたアレなら、不毛、なのかもしれない。

「カイト? 珍しいわね、あんたが考え事なんて」

「マ、メイコって歌わせるのがうまいなぁ、って思ってただけだよ」

 嘘はついてないよ。訝るメイコの顔が考え込む顔になって、次にまた笑う。でもいつもの笑顔じゃなかった。少しだけ、痛そうだ。

「褒めても何もでないわよ。アイスは買わないからね」

「本当のことだってば。メイコってば僕の事信用してないでしょ」

 掛け合いのやり取りにも少し違和感。なんだか、苦しいのかな。痛いのかな。自分でも頼りないと思っても、僕にはどうにもできなくて。それが苦しい。作り物の心臓が、少し脈打った気がした。




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