一つ。
零れた音がした。

二つ。
崩れた音がした。

三つ。
壊れた音がした。

四つ。
さぁさぁ、耳を済ましてご覧?



「アリス」

 向日葵が野原に咲き誇るように、黄色が飛び跳ねる。赤、青、緑。色とりどりの世界。トランプがモチーフとされているのは一目瞭然。しかし動く影は二つだけ。

「なに、アリス?」

 赤は紅く紅く木々を濡らします。とても強かった剣士の血を吸って。
 茨の檻から伸ばされた手を、二人は見ない振り。だって自業自得なんだもの。少女は笑います。

「楽しいね」

「そうだよ。とっても楽しいね」

 疲れたら優雅なお茶会。見事な薔薇の木陰で淹れるハーブティーは極上です。
 どこからともなく流れる歌なんて聞こえない。リンの声の方が心地よい。少年はにこやかに告げます。

「ずっーと、一緒?」

 大きなお城は双子のお気に入り。ふかふかのベッドのトランポリン、可愛い緑の女の子の肖像画に悪戯書き。姉弟の大好きな遊びです。
 鏡は使えないんだけどね。顔を合わせて笑います。だって、知らない子が映るし、と少女。だって、×××、と少年。ノイズ混じりの桃源郷。二人の為のシャングリラ。全部ぜんぶ、夢が叶えてくれたもの。

「うん。今度こそはね」

 ハリボテの少女が崩れ落ちます。残るはアリス、ただ一人。歪みに入れるのは一人ずつ。現実のリンは少年の傍にはいないのです。気の強い面もあるリンは決してレンに弱味を見せることなどありませんでした。弟に心配をかけたくないからと、最後の最後までレンに頼ることはありませんでした。
 賢い賢いと褒められても、大事なことに気がつけなければなんの意味もないよ。
 少年は鏡を見て呟きます。鏡に映るのは前のアリスではなく、自分自身の姿。最早少女の面影などなかったように成長してしまった身体。夢の国はなんでも一つだけ、叶えてくれます。少年が望んだのはリンといること。死んでしまった片割れと夢を見続けること。だからリンは成長しないのです。実際のリンではない、思い出の中のリンだから。
 しかし少年は成長します。身長は伸び、声は低くなり、大人になっていきます。……やがて、老人になるでしょう。鏡に映る真実に目を瞑っていれば少女と何時までも、いえ少年が死んでしまうまでは一緒です。永遠など望んではいないのです。少女が隣にいさえすれば、短い時間でいいのです。他のアリスが、二つ目を望んだゆえに崩壊してしまったことを知っている賢い少年は深く深く笑いました。


 



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