幼き悪魔の幼い飼い犬

 …………。

 最近咲夜の様子がおかしい。さわり心地がよくてお気に入りだった髪の手入れはやらしてくれなくなったし、心なしか避けられている。特に咲夜に何かしたわけではないのに理不尽に冷たい扱いを受けるのは不愉快だ。たかがメイド如きに手を焼くなんて、以前の私が見たらきっと笑うのだろうけれど。
 悶々とベッドの中で頭を抱える。寝起きの頭では下らない事しか考えられなくて意味ある思考をなさない。

 少し前から私のお気に入りとして暮らし始めた咲夜。私が生殺与奪の全てを握っている可愛い可愛いいとし子。だがお気に入りだからといって何でも許す訳ではなく、やはり何故こういう態度をとるのか原因を解明したい。相談するような相手は、一人しかいないのだが。




 清掃に励んでいた咲夜にバレないようにヴワル図書館へ移動すれば、目的の人物は年季の入った椅子に腰掛ながらいつものように本を読んでいた。紫色の細い糸が本にかかったようでうざったそうに耳にかけている。

「やぁパチェ」

「こんばんは。今日は早いのね」

 言われて時計を見れば針は八時前。言われてみれば私にしては早い目覚めだ。認めるのはなんだか癪だから無言で向かいに腰を下ろせば露骨に眉を顰められた。

「何? 本でも読むの?」

「違う違う。咲夜の事さ。最近あいつが構ってくれなくてさ」

「レミリア様それって嫌われてるんじゃ」

「黙れ耳引きちぎるぞ」

 いつの間に後ろにたったんだ、こいつ。能天気に頭に羽を晒した小悪魔が馬鹿にした笑いを投げかけてきたので思い切り向こう脛を蹴る。一瞬にして苦悶の表情に変わったが、紅茶を零さないあたりプロだと思う。
 小悪魔が痛い痛いと恨みがましい小言を漏らしながら淹れた紅茶をすする。七十九点。

「お父さんの洗濯物と一緒に洗わないで的なあれじゃないの」

 はは、まさか。
 いやそれだったら本当に傷つくのだけれども。小さい頃に身体を洗ってやったのも能力の有効的な使い方を教えてやったのも全部私が手ずからやったんだぞ。反抗期、とやらが人間にあるのは知っていたがうちの咲夜に限って、そんな。

「もしかして加齢臭と」
 小悪魔が言い切らないうちに立ち上がりローリングソバットを決める。漫画のような低い音と図書館内にたまっていた埃がまい、我が親友は不機嫌そうに鼻をならした。吸血鬼の力をなめるんじゃない。飛ばされていった小悪魔はぶつかって転倒させた本棚の間に挟まって悪戦苦闘している。いい気味だ。

「随分気にするのね」

 言外の意味を含ませてパチェが吐いたのは魔女らしい毒のある言葉だった。先程の無礼の仕返しか、口調もいつもよりも棘とげしている。薬学に関する形式ばった史書に目を走らせながら皮肉だけはぺらぺらと口から飛び出すのだから流石は我が親友といったところだろう。

 肯定も否定もせずに、手元のティーカップを持ち上げる。従者としての機能は優秀な小悪魔が淹れた香り高い紅茶に口をつけながら、映り返す自分の顔を見つめれば驚いた事に寂しそうな顔をしていた。寂しいなんて、フランと引き離された訳でもあるまいし、というかフランと引き離されでもしたら怒り狂うだけではあるけれど。

「……お気に入りなんだよ、一番の」

 何とか嘘にならない程度で言い訳すればさっきよりも大きく鼻をならされた。パチェは愚問というものを何より嫌う。パチェにとっての愚問が私にとってもそうであれば問題は無いのだけれど、こうして知りたいという欲求と瑣末な事であるという認識が交差してしまった時は彼女の機嫌が悪くなることを覚悟で聞くしかなかった。

「パチェ」

 小悪魔が未だにもがいていることを横目で確認してから懇願するような声をもらす。私がこんな声を聞かせるのはきっと三人もいない。その三人の中に、あの子は。

「…………あのね、子供っていうのは勝手に育つものなのよ。あの子の望みくらいわかるでしょ?」

 咲夜の望み? 私の手足となること? 完全な従者になること? それとも人としての幸せを全うすること?

 疑問符と色んな感情が混ざり合ってさらに頭が混乱する。
 小悪魔がばたばたと動く音と、時たまパチェがページをめくる時の微かな音以外は静かな図書館でだんまりを決め込んで脳みそをフル回転させても導き出される解答なんてなかった。時間切れ、といった様子でパチェが重々しく口を開く。

「咲夜は、あの子はあなたの犬でいいのよ。それもあなたに庇護され可愛がられる犬なんかじゃなくて都合がいい時だけ撫でられる猟犬でいいの」
 
「私はそんな事望んでないよ」

「それはあなたの望みよ。いい加減あなたと咲夜が別個であることを覚えなさい」

 手厳しいパチェの意見が心に痛い。
 要するに咲夜は私の庇護下におかれるのが嫌ということだろうか。私が所有する愛玩動物でなく、盾か道具のように扱われることが彼女の望みなんだろうか。

 ……人間というのは本当によくわからない。馬鹿で脆くて欺瞞に溢れているのに簡単に相手を信用する。ただただ弄ぶように掌に収められているのに嬉しそうにすりよってくる。
 そんな馬鹿様子が一等可愛いと、感じている自分が一番あほらしいのだけれども。咲夜の願いが私に理解できる日が来るのはまだ遠い先の気がした。


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