永遠には程遠い

べーさく


 姉さん。そう呟いた声は嘘の匂いを纏わせていた。酷く掠れた自分の声に渇望と諦めという矛盾した響きを感じ取って、我ながら不自由だと思う。それでも彼女を求める自分の気持ちを誤魔化すことは出来なかった。同じ屋根の下で暮らし始めてもう三年もたつけれど、未だ彼女を姉だと思える日はなかった。
 優しい表情も、面倒見もいい性格も、何より初めて会った時に見せてくれたはにかんだ笑みが自分を捕らえて離さない。この感情の名前を自分は知っている。だからといって、認めてやれることは一生ないのだが。新しいお父さん、とやらに別段不満はなかった。前の、と言ったらおかしいが実の父親がいかに下らない男で母や自分に暴力を振るうことでストレス発散していたことは十分理解していたから母親が再婚した事にも異議を唱えるつもりもなかった。ただ新しい父の連れ子である姉さんだけはそうもいかない。


「ベルゼブブ、さん? 貴方の姉になる佐隈りんこです。よろしくお願いしますね」


 それまでは女性に興味が欠片もなかった。あの忌々しい父親譲りの外見のせいで高校生になる頃には幻想など抱けなかった。男性が素晴らしいというつもりはないけれど、単純に女性に対して恋愛感情を持てない。ある意味では淡白といえる自分の脳髄を痺れさせるような出会い。それが姉さんとの初対面だった。全く信じていない神に感謝して、そして暫くして神を呪った。姉さんを知れば知るほど、惹かれていって、それと同じ分だけ自分が手に入れられないという事を思い知る。血の繋がっていない、形だけの姉弟。だがそれでもそこに愛だのなんだのを持ち込むのは禁忌であって。
 どうして。彼女なのだろうか。姉さん姉さん姉さんと押さえ込むように呼んでも心の中では一人の女性として彼女を扱っている。汚らわしい、と思う。こんな感情を仮にも姉に向けている自分が。
 いや、違う。
 かぶりを振って、逃げようとする思考を留める。純粋に佐隈さんだけを思い抜いて気持ちを伝えて彼女を手に入れればいいのに、世間体だとか周囲の視線を恐れて実行に移せず、曖昧に彼女の弟に甘んじている自分が汚いのだ。なんだかんだ言って自分が一番可愛い。そんな自分に吐き気がする。運命のように、電撃が走ったくらいの衝撃を持って一目惚れとやらをした女性一人幸せにする自信がないのだ。

「……姉さん」

 口に出してしまえば極々一般的な関係だと誤認してしまいそうになる。瞼を閉じれば浮かんでくるのはとても姉だとは思えないような姿であるのに。鬱々と巡る思考に蓋をしていつも通りをいつまで続ければ、彼女に対する想いは捨てられるのだろう。最早彼女と一緒にいられる時間は少ないというのに。社会人と学生。あまりにも価値観や時間が違いすぎる彼女と、どれだけ想いを隠して一緒にいられるだろう。

 火傷のあとが残る自分の掌を握り締める。化け物、と言われたこの手すら彼女は握ってくれた。その暖かさを忘れないように、刻み付けるように私はもう一度目を閉じた。


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